BraveBook:カフカ「変身」
東急線の各駅で無料配布されている「SALUS」5月号の書評欄にカフカの「変身」が紹介されていた。
出版社とのタイアップで新刊の書評ばかりの昨今、「SALUS」は古今東西の名作を改めて紹介する唯我独尊さがすごい。ちなみに前号は谷崎潤一郎の「細雪」。
名作は知識として知っていても、なかなか改めて読んでみようとは思わないもの。
しかも、この「名作のツボ」を担当している やました・あつし氏の書評が良いのです。
単なるあらすじ紹介でなく、と言って博識ぶりをひけらかす訳でもなく。
21世紀の今日、現代人が名作を読んでの素直な感想や感動が素直に書かれていて、名作を読む敷居をぐんと下げてくれるのです。
さてカフカの「変身」。ある朝起きたら自分自身が虫になっていたという不条理文学の代表作。その程度は国語の授業で習った覚えがありますが、そう要約されてもわざわざ読まないです、ね。
やました氏の凄いのは、まず虫になったセールスマン氏が、虫になったことより、寝坊したことや上司にどう言い訳しようかとまず考え尽くすところに着目したこと。彼によれば、これはカフカの徹底的なボケと言い切ってしまうこと。
更に凄いのは、後半家族から迷惑がられ無視されていく虫になったセールスマン氏を、現在のニートやフリーターと重ねあわせてしまうこと。これでグッと不条理が現実味を帯びることなのです。
「変身」の書かれた時代背景を学ぶことは結構面白いのですが、その不条理を現代社会に焼き直すことを通じて、普遍性が浮かび上がってくるのです。
改めて読んだ「変身」は陰湿で悲惨で淀んだような陰鬱な作品でした。
それでいて教訓的で社会や家族が持つ本質的不条理さを再認識させるやはり名作なのでした。
ある日、脳梗塞で倒れた時、交通事故で半身不随になった時、医療事故で植物人間になったとき。
誰もがカフカの描く「虫」になるのです。
なぜ虫になったのかと問うことの意味すらない本人と家族の悲惨な状況は、100年を経た21世紀の日本においてもほとんど変わらないことには愕然とします。
福祉国家を指向したこの100年は何だったのか。喜ぶべき長寿・長命を「後期高齢者」と分類し社会の「負担」としか認識しないこの日本で、言葉を理解できても話すことのできない「虫」の悲惨を痛感したのです。
| 変身―カフカ・コレクション (白水uブックス)
著者:フランツ カフカ |
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
