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2006/04/02

BraveLife:中島らも「わが葬儀」

固いおとうふ

中島らも、コピーライター、コラムニスト、小説家、劇団主宰、その他多芸多才。
2004年7月24日、酒に酔って頭部を強打し死去、享年52歳。
まことに彼らしい死様と言わざるを得ない。

ユーモア溢れる独特のコラムに今もファンは多い。
時とともに彼のコラムの読者が減ってしまうのを残念に思う。
数多い著書の一冊「固いおとうふ」に自らの死を語った一編がある。
あえて引用させていただくことで、より多くの人に改めて中島らもを知っていただきたい。


わが葬儀

 僕は自分が三十五歳で死ぬものと決めてかかっていた。知人にそう言われたのと、易者にそう言われたのがきっかけになっての思いこみだった。永年の睡眠薬中毒とブロン中毒、それに深酒。こうしたご乱行の蓄積があったから、三十五歳で死ぬのは当たり前のように思われた。
 当の三十五歳になってみると、きっちりとアルコール性肝炎で倒れた。これで自分は死ぬと覚悟をきめて入院したのだが、人間の体というのはいやしいくらい回復力のあるもので、めきめきと元気になり、五十日間入院してから退院した。このへんのいきさつは『今夜、すべてのバーで』(講談社)にほぼノンフィクションで書いてある。
 今、四十四歳で、あれから約十年たったわけだ。その十年間にいろいろと病気をしたが、今はかなり元気に暮らしている。
 さて、ではいつ死ぬのか、再予測になるわけだが、どうも五十五、六くらいが怪しいのではないか、と思う。先に述べたように、二十代三十代でムチャをしているので、そのツケがどこかに出て、そう長生きはしないように思うのだ。
 五十六歳のある日。朝からどうも頭が激しく痛む。ラジオの出演があるので、ムリをして放送局へ。ラジオが終った後、トイレにたつ。大きい方をすませた後、手を洗っていると、急にクラクラッとなって床に倒れてしまう。脳こうそくである。救急車の車中でそのままあの世へ。
 ま、そんなことではないかと思うのだ。
 もし、この五十六歳を乗り越えたら自分は長生きするだろう。いつも杖を手に町内をうろつき、子供を見たら杖をふりかざして、わーっと追いかける。そういうきらわれもののじじいになるだろう。
 そして、八十六歳でノドのガンで死ぬ。
 晩年は、もう書きものなんかしない。毎日二合くらいの昼酒を飲んで、いい気持ちになったところで町内の見まわりに。
 話は変わるが、この前、モンゴルの遊牧民に関する本をたくさん読んだ。遊牧民たちの羊のほふり方には独特のノウハウがある。ノドのあたりを小さく切開して、そこから手を突っ込んで首の動脈をひきちぎってしまうのである。こうすれば羊は苦しまずにすむ。
 殺したあとの羊は頭から足首まで、徹底的に利用する。血まで無駄にせず使ってしまう。
 僕の死体も、できればそういう風に使ってほしいものだ。目玉、内蔵、せきずい、使えるところはみんな他の人のために使ってほしい。残った部分はミンチにして海に投げ込み、魚のエサにしてほしい。
 お墓はいらない。金がムダである。
 僕という存在の喪失が、しばらくの間人々の間に影を落とし、やがてその影が薄れていって、僕はほんとうの「無」になる。そういうのがいい。

中島らも公式ホームページ

固いおとうふ 固いおとうふ

著者:中島 らも
販売元:双葉社
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コメント

葬儀って何かと大変ですよね。
親族の方はショックで心が落ち込んでいるのに、それでも葬儀を進めていかないと行けない。
とても大変だと思います

投稿: | 2008/11/13 14:45

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