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2006/04/22

BraveLife:ネビル・シュート「渚にて」

渚にて―人類最後の日

「渚にて」は、今から半世紀も前に書かれたSF小説である。
北半球が世界的規模の核戦争により壊滅した近未来が舞台である。
南半球のアフリカ・南米・ニュージーランドそしてオーストラリアには、直接核爆弾が投下されることはなく、徐々に南下する核汚染により人々は死滅するのを待っている。
オーストラリア・メルボルンは、事実上最後に滅亡が予想される都市である。
核戦争を生き延び、その軍港に寄港した米軍原子力潜水艦「スコーピオン号」、その艦長が主人公である。
長編の小説は、オーストラリアの連絡将校の家族と艦長の物語を中心として、ゆっくりと進んで行く。
交わされる紳士的で平凡な会話。核汚染により死滅することが確実であるのに、そのようなことが、まるでないかのごとく営まれている日常の平和な生活が、丁寧に描き込まれる。
核戦争による人類の終末をテーマにしているにも関わらず、先端兵器による壮烈な戦闘シーンも、核戦争の凄惨な情景もない、不思議な未来小説なのである。
「予告された死」こそがテーマである。
実感がないまま、確実に死を迎えることを告知されたら、社会はどうなり、人はどう行動するのか。ネビル・シュートは、その情景を見事に描き出している。
北の都市が次々と滅亡していくなか、その事実を信じようとせず、この都市そして自分には「そのようなこと」が起きるはずがないと人々は思う。
核汚染が近づいても、社会の動揺はごくごくわずかである。
キリスト教徒の国であるオーストラリアであればこその特殊性かもしれない。いよいよその時を迎えても、登場人物達はすべて立派で紳士的である。

多くの人にとって「死」は突然である。そして「予告された死」は日本人にとってあまりに残酷に思われる。
平安期末そして幕末に世の終わりを確信した民衆が、一種の暴動を引き起こした日本人である。日本人の多くにとって、死は恐怖であり平静さを失うに十分すぎるからである。

しかし、「死」はすべての人にとって、いずれ直面する不可避の出来事なのである。事実、自殺を罪悪視するキリスト教以前のヨーロッパ、ギリシャなどの都市国家において、知識人の多くは「死すべき時」を自ら決定し自殺するのが通常だったと言う。

静かで深くそして暖かい「渚にて」を読みながら、そんなことを考えてみることも必要だと思うのである。


渚にて―人類最後の日 渚にて―人類最後の日

著者:井上 勇,ネビル・シュート
販売元:東京創元社
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