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2006/04/17

日本が危ない:景山民夫「窮極クン物語」

景山民夫は放送作家として活躍した人である。
後に多くの小説を著す一方で、マスコミの裏面などを可笑しく紹介した多数のコラムも残した。
「イルカの恋、カンガルーの友情」もそんな一冊である。内容は、業界一流の下ネタ満載で誰にもお勧めできるとは言い難いが、あのバブリーな80年代の時代を思い出させる「歴史記録」としての価値は小さくない。
「窮極クン物語」と題した一文がある。日本人が変化した一瞬の貴重な記録である。一部をご紹介したい。

「窮極クン物語」(景山民夫著「イルカの恋、カンガルーの友情」より)
 究極の新人類、というのが増えてきている。字の感じからすると、窮極と書いた方が当っているかもしれない。
 高橋章子さんあたりに「またそやって分類して片付けようとするぅ。新人類って言葉を”ワケの分らん人種”の代名詞として使うなんてイージーすぎるわよ」と叱られそうだが、確かに身のまわりに増えているのだから仕方がない。
 別に昭和40年前後に生まれた世代の人を、総て新人類だといっているのではないのです。その中の、特に顕著な例に”窮極の”という形容詞をつけて呼称にしているだけ。
 この”窮極”の人たちは、まず第一に他人に対して気を遣うというこをしない。自分が興味をもつことにしか目を向けようとしない。
 テレビ番組の企画会議や構成会議なんかで、アシスタント・ディレクターに窮極クンがいると会議が滞ることが多い。建設的な意見は何も吐かず、意味なく人の目をずっと見ていたりする(これをやられると相当に気持ちが悪い。ホモなのかとおもってしまう)くせに、一旦自分の興味があることに話が向くと、とどまることを知らず本論を外れて喋り続ける。
 「でね、ゲストのバンドは聖飢魔Ⅱか米々クラブあたりを入れたいんだけどね」
 「あ、米々クラブはですねえ、あの踊ってる女の子の三人のうち二人までが僕と同郷なんですよね。中学がすぐ近くだったんです。水戸なんですけどね。それで、ギターがやっぱり近所でね、だからホラ僕も昔バンドやってたでしょ、それで前に楽屋が同じで話してだら分ったんですけども、水戸だったんです。そういえばどっかで見たことあるなあって思ってあたんですけどね、水戸です。自転車で十分くらいの距離に住んでたんです。で、ギターの子が前に付き合ってた女の子もやっぱり近所だったんです。」
 「だから何なの?」
 「え?」
 「だから何なんだよ、同郷のよしみで出演交渉がしやすいのか?」
 「いえ、別にそういうことじゃないんです。そこまで親しいわけじゃなくて、ただ水戸だってことです」
 「それじゃ、お前が今ベラベラと喋ったことに何の意味があったんだ?なんで俺たちは忙しい時間をさいて、お宅の話を聞かされたわけ?それも会議の席でさ」
 「え?あの、僕、なんか変なことを言いましたか?」
 自分が興味を持っていることは、みんなも聞きたがっていることだ、と思い込んでいる。ま、いいか。そういうタイプは昔からいたからな。ま、しょうがないか。
 「じゃ、そういう線で仕込んでみてよ。全体の構成はそんなところでいいんじゃないの」
 会議が終る。帰り支度をしていると窮極クンが「ガッ!グエエエー!ケーッ!グォッ!」と喉にからまった痰を凄まじい音を立てて切りながら歩み寄ってくる。この窮極クンは、会議の席で皆がアイディアを練るために腕組みをして考え込んでいる時でも平気でこれをやる。打合せで目上の人のオフィスに伺ったりしている時でもやる。ま、いいか。ま、おじさん達の中にもそういうことする人はいるもんな。ま、しょうがないか。
 「あの、それで台本は今日の夜一杯で上がりますか?」
 「え?」
 びっくりする。ゲストも出演バンドも、イメージキャストを会議でリストアップしただけで、まだ出演交渉もしていない筈なのである。
 「上がるわけないだろ、ゲストは出演OKとれたのか?バンドはスケジュールくたのか?」
 「あ、いえ、それはこれから僕がやるんですけどぉ」
 「あーのねー、出演者が決まらないで、どうやって台本書くの?ミスターXか?俺はプロレスの台本書いているわけじゃないの。そっちがタレントのスケジュールおさえて、誰々さんでOKになりましたからそれで本を書いて下さいって、お前が連絡してこないと、台本は書き始められないの。ゲストにしたって、山本晋也監督がもらえなけりゃ稲川淳二サンを当たれって言ったろ?両方とも駄目ならガラッと構成変えて三遊亭小遊三と桂米助でパロディ路線にするからって言ったろ?誰がとれたかによって内容が違ってくるの。それに第一、ロケ場所だってまだ決定はでてないんだろ?」
 「ええまあ、それも僕がこれから回るんですけどぉ」
 「でしょ?台本ってのは”都内某所”じゃ一寸まずいんじゃないの?そういう条件が揃ったら書かせていただくからさ」
 「でもですねえ、それはそれとしましてですねえ、印刷所に一応、今日の夜ということで予約入れてあるもんですから」
 「あーのねー、それはそっちの都合。第一、どーして今日が会議なのに今日の予約を入れちゃうの?」
 「いえ、先週も火曜日に印刷入れましたから、一応今週もと思って」
 「あーのねー、俺たちは週刊誌の編集やってんじゃないのよー」
 「分りました。それじゃ一応、印刷所に連絡入れて予約キャンセルします」
 「そうしてくださいよ」
 「その際にですね、先生のお名前出してよろしいですか?」
 「なんで?」
 「いえ、印刷所の担当者が怖い人なもんで、景山先生の都合でキャンセルになったって言うと僕が怒られないですみますから」
 「あーのねー.....」
 ま、いいか。ま、誰だって怒鳴られるのは好きじゃないし、僕だって若い頃は原稿が遅れて自分で印刷所に入れに行った時、恐いからウィスキー1本下げて行ったもんな。待てよ、それじゃ僕はちゃんと自分で処理したんじゃないか。ま、ま、しょうがないか。
 で、この窮極クンは翌日の朝十一時頃に、僕の、事務所ではなく自宅に電話をかけてくるのである。
 「もしもし、あのぉ、台本の本はどうなっていますでしょうか」

 以下、延々とこんな調子で「窮極クン」の物語が続いていく。
戦後の日本社会を作ってきた戦前教育の濃密な影響下にある上の世代とも、平成不況の氷河期に鍛えられた下の世代とも違う特異な世代が「バブルの落とし子=窮極クン」である。
このエッセイが書かれたのは1986年、大学を卒業して入社したての窮極クンはたぶん23〜4歳だろう。あれから丁度20年、窮極クンは今40歳を超えたあたり。

いるのである
言葉の調子までも当時のままで、年をとって元気こそないが言動とも当時のままの窮極クンが。
年功序列の最後の世代である窮極クン達は、若年リストラの直撃を受けながらも男女を問わず少なからず生き残っていて、今も会社内で団塊世代に継ぐボリューム層を形成している。
この20年に窮極クンが何も学ばなかった事実には、驚愕せざるを得ない。
団塊世代が大量に退職していく時期をむかえて、もはや窮極クンを叱る上司もいない。
そのことだけでも、日本の将来に不安を覚えるのに十分なのである。

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