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2006/06/21

105円の本達:杉浦日向子「4時のオヤツ」

4時のオヤツ

江戸をテーマにした漫画で鮮烈なデビューを飾った杉浦日向子。
40歳を越えて、突然「隠居」を宣言して本業から身を引き、その後は趣味に生きた昭和に生まれた江戸っ子である。
蕎麦や銭湯など東京にわずかに残る江戸の風情を愛し、数々のエッセイを雑誌に書くほかは、長くNHK「お江戸でござる」で粋な着物姿で江戸文化を語っていた。
彼女の本は人気が高いのか、めったに105円コーナーで見かけることはない。
「4時のオヤツ」は初めて出会った彼女のエッセイ集である。テーマは、東京(江戸)の銘菓かと思いきや、まるでドラマの脚本の一部のような不思議な一冊である。
描写されるのは、20世紀末の東京の街の人々のごくごく普通の日常の一断面とも言うべき、何でもない会話である。洋服や髪型などの簡潔な描写に続き、短い二人の台詞が交わされる。2人の関係は親子や夫婦、運転手と客など様々で、語られる会話もこれといって共通しない。唯一共通するのは、東京人に愛されている銘菓や甘味などまさに「オヤツ」が出てくることだけ。とは言っても由緒や蘊蓄が語られるわけでもなく、ごく平凡な一言の感想が台詞としてぽつりと語られるだけである。
このエッセイは何なのだろう。きっとこういうことに違いない。
100年もたった頃、前世紀末のメガロポリス東京を研究する酔狂な研究者に、当時のファッションやごくごく普通の人々の生活や会話を記録として残しておきたかったに違いない。なんでもない江戸の日常が落語になって残っているのが、江戸研究家である彼女には嬉しくもあり、羨ましかったのだろうと思う。
そんな彼女も今はもういない。
小さく丸くなって、子供達に昭和の昔を語る可愛いお婆さんになった彼女を、見ることができないのをとても残念に思うのである。

4時のオヤツ 4時のオヤツ

著者:杉浦 日向子
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006/06/18

日本が危ない:吉田向学「部落学序説」を読む 3

「部落学序説」 で解く明治維新の謎

 今回は、「部落学序説」によって明治維新の謎を解き明かしていきたい。明治維新によって成立した天皇制国家は事実上今に続いており、明治維新の真実は十分には科学的に解明されていないと「部落学序説」の著者である吉田向学氏は考えているようである。確かに私達が一般に学んだ幕末の動乱から明治維新、新政権の確立の過程には不自然なことが多い。司馬遼太郎など優れた歴史作家の考証によってももう一つ納得がいかない点もあり、また十分に検証されていないものも多い。そのいくつかを「部落学序説」が提示する穢多像で鮮やかに説明可能なのである。
 なお、「部落学序説」の定義に従い、今回まで3回の論述に使用している「穢多」「非人」の用語には一切の差別的意味合いは含まれない。単に近世における職業を担う人又は集団を示していだけである。「穢多」「非人」の単語は「武士」「商人」「百姓(農民)」「勤労者」「経営者」「公務員」などと同様に使用しているに過ぎないので、くれぐれも誤解のないようにお願いしたい。

大量発生する労働者、貧民の謎
 
明治維新後、新たな大規模産業が政府や財閥系民間資本によって振興される。そのスピードは驚くほど早く全国各地に大規模な工場などが建設され、多数の労働者を雇用するようになる。並行して、同時期に東京をはじめとする都市に大量の人々が流入して都市貧民層を形成するのである。
 謎は、その人々が明治維新前に何をしていた人々だったのかにある。多くの歴史書によれば、その人々は困窮した百姓であったと言う。幕末の動乱で疲弊した村々を放棄した農民達であると言う。しかし、それは多くの記録と矛盾する。幕末の動乱で疲弊したのは京都や大阪、江戸などの都市であって、農村ではない。百姓には天候さえ安定していれば食糧を生み出す農地があり、明治維新で政治体制が安定するなら、その農地を放棄してまでして、都市へ流浪する必要はないのである。明治政府が行った税制度の変更などで多くの農民が困窮し農作を行えなかったとの説も誤りのようである。その一部は事実であるにせよ明治維新後の早い時期に急速に農村が疲弊した証拠は全くない。
 さらには、明治維新直後の百姓(農民)が一般に読み書き算盤ができなかったことも重要である。多くの発展途上国で工場運営がうまく行かない最大の理由は識字率の低さ=無学であることにある。明治新政府などが建設した工場で労働する人々には、その意味で教育があったようである。その労働者像は困窮した農民像と一致しないのである。
 「部落学序説」が描く司法警察職員としての穢多像は、それら工場労働者像と一致する。下級行政職員として代官所などからの書状に従い職務を行い報告する穢多は識字能力が不可欠であったと著者は指摘している。その一部は、明治維新後も近代警察の職員として雇用されたが、その他多くは何らかの職を探す必要があったのである。明治維新により司法警察職としての穢多身分を失い、同時に皮革業の独占も廃止されたことで、多くの穢多は生業を失ない困窮したのである。皮革業に従事し農地を持たなかった穢多村は放棄され流浪民となった者は少なくないに違いない。江戸時代の穢多は、一部が警察職員となり、新たな工場に従業員として雇用され、それもかなわなかった者はあてもなく、都市に流入し貧民となったのではないだろうか。

治安の急激な悪化ななぜ?
「部落学序説」が主として取り上げ研究しているのは西日本、特に山口県の穢多村である。一方で明治維新後に多く記録され研究されているのは江戸改め東京の風俗である。従って確証はないが、明治維新後しばらくの特徴の一つに治安の急激な悪化がある。幕末の政治混乱の時期、京都の治安が極めて悪かったことは良く知られているが、将軍のお膝元である江戸は明治維新に至るまで至って平穏で平和であった。その太平さは当時の瓦版などが良く示しており、政権の交代など市民の生活には無縁と言って良いほどである。それが、暗殺が頻発するなど維新後まもなく急激に治安が悪化しているのは何故なのだろう。定説は明治維新に対する不満を持つ士族に原因を求める。しかし、幕末においては倒幕を図る「志士」達が同様にいたのであり、明治政府が一般に市民に対して強権的であるだけに、治安が悪化することは不自然である。
 「部落学序説」が今後本格的に論述するところになると思われるが、それは江戸の太平を支えた近世警察組織である穢多身分の廃止が直接の原因と思われる。
司法警察官として村々に駐在し、江戸においても同心などとともに市中の治安維持の任にあった穢多が、賤民解放令によって一斉にその職を解かれたのである。緻密に構築された予防型の警察システムが放棄され、西洋式の鎮圧型近代警察システムの構築が急がれたが、そのタイムラグが治安の悪化を生み出したに違いない。

明治近代警察官の横暴さの謎
 明治維新が一段落して西洋式の行政システムが整備されるのにあわせて、洋服を纏ってサーベルを下げた警察官が町や村の要所の交番に配置されている。その警察官達は維新前に何をしていたのかが謎である。体格は一般に良く、言動は粗暴であり、正義感は至って強い。その特質の一部は武士階級のそれであるが、幕末に日本を訪れた多くの外国人が褒めたたえたような高い教養や倫理観に支えられた気高さはない。ごく普通の市民からさえ粗暴さを軽蔑されていることなどから、その大半は元武士階級ではないのである。では百姓かと言えば、まったく違う。まずは字が読めなくては勤まらないし、田畑を耕していた者がそうそうサーベルなどを操って、人を指図するなど出来はしないからである。明治維新後すぐに全国津々浦々まで、きわめて画一的な警察官が大量に出現したのは、定説では決して理解できない謎なのである。
 「部落学序説」が考証する穢多にとっての明治維新の意味を踏まえると、この謎が実によく解明できる。
 従来から村や町にあって司法警察業務に従事してきた穢多のうち、特に適性があるものが重点的に明治政府に警察官として採用されたのである。明治の典型的警察官の言動は、村々の治安維持を行っていた穢多のそれそのものであったに違いない。
 徳川時代にあっては、穢多も農民も生まれた村から出ることなく、代々顔見知り同士で予定調和的に警察業務は行われていたはずである。自然、双方がトラブルとならないよう動作し、穢多も犯罪人に対するとき以外は農民と言葉を交わす必要も少なかった違いない。ところが、明治維新後にあって近代警察官となった穢多は、生まれ育った土地を離れ、命じられるまま遠く離れた地において警察業務を行うことも少なくなかったはずである。
 その結果、風俗習慣も異なる江戸に配置された旧穢多である警察官は、江戸町民そのままの東京市民の振る舞いに対して、生まれ育った田舎そのままの言動、それも法を守らない犯罪者に対するそれをとったに違いない。明治の警察官の横暴さの裏には、粋で権力嫌いな旧町民と野暮で真面目な旧穢多の対立の図式が浮かび上がるのである。

以上いくつか取り上げたほかにも、「部落学序説」からは多くのことを学ぶことが出来た。「部落学序説」は著者自身が認めているように、先行する被差別部落に関する多くの研究書など二次資料を比較検討した研究論説である。その研究対象となった地域も西日本の一部であり、部落問題に関する普遍的研究とは言いがたいことは事実である。多くの研究者によって一次資料に基づく科学的検証がなされることを期待してやまない。
あまりに長大な論説なため「部落学序説」ブログサイトを訪問しても、読解を放棄する方が多いのではないかとの危惧もある。I(NDEXで興味を感じる部分から通読してみることをお勧めする。)
すでに論考された穢多及び穢多村に関する独創的で革新的な解釈は、21世紀の被差別部落研究にとって、極めて貴重なものであると高く評価したい。 
そして、第4章以下で予定される明治維新以降の「被差別部落」形成過程並び「賤民史観」形成過程の考察は実に興味深く、今後の展開が楽しみでもある。

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2006/06/16

日本が危ない:吉田向学「部落学序説」を読む 2

「部落学序説」で解く江戸時代の謎

 前回ご紹介した吉田向学氏の「部落学序説」で論証されている穢多像を利用すると、これまで解けなかった江戸時代の不思議を合理的に説明できる。「文部省史観」とも言える学校教育を原因とする江戸時代に対する誤解の多くは、ここ10年以上続いている江戸ブームによってほぼ解消された。杉浦日向子や石川英輔ら江戸研究者の活躍によって、暗くて惨めな江戸庶民像は大きく修正され、天下太平300年の実像が明らかになりつつある。
 それでも、まだいくつもの大きな謎が江戸時代には残っている。「部落学序説」が提示する視座は、残された謎を解く大きなヒントを与えてくれるのである。

なぜ被差別部落が必要だったのか?
 最大の謎は被差別部落を全国にまんべんなく配置していた理由である。定説では、農民と被差別部落民である穢多を対立させ分断することで支配をしやすくした、あるいは農民より低い身分を設定し悲壮感を和らげたなどとするが、もう一つ納得できないものがある。
 最近の江戸研究の明らかにするところによれば、江戸時代の農民の生活は予想より豊かであり飢饉などによる餓死などは、ほぼ例外に過ぎないことである。政治も安定していて、武士階級の横暴が日常的などということもない。江戸はともかく、農民が住む村落には代官などごく少数の武士が住んでいたに過ぎず、ほとんどの武士は城下町に密集して住んでいて、貧しく慎ましい生活をしていて、一般の農民と接触する機会すらほとんどなかったからである。
 そのような社会状況にあって、貴重な労働力である相当数の人々をただ「差別される」ためだけに分離することは不合理と言わざるを得ない。
「部落学序説」によれば、その理由は穢多の職務にあると言う。司法警察、すなわち地域の治安維持と行刑業務のために穢多と穢多村があったと説明する。穢多村とは今日で言う警察署であり、穢多とは警察官なのである。適正な法の執行を確保し癒着を防ぐため、農民と穢多は居住地が分けられたと言う。今日、差別として捉えられている穢多に対する厳しい規定や刑罰は「警察官」としての職務に伴う当然のものだったのだと言う。村のはずれには番屋があり番人がいたと言う。番人は穢多が勤めた。番人はそこに暮らすのではなく、毎日穢多村から「通勤」していたそうである。
 穢多村の数の多さ、配置、そして穢多が日々なにをしていたか(定説の死牛馬の処理は、その人数を考えると仕事量があまりに少ない)を考えると、実に納得のゆく説明である。
 民衆の分断支配のための差別にも理由はない。太平の世にあって、社会不安の要因となる対立感情を意図的に煽る必要など全くないからである。

治安の良さの不思議
 文部省史観によれば、江戸の農村は貧しさからくる社会不安が蔓延し、一揆などは武力により鎮圧される人々が抑圧された前近代的社会だとされた。その姿が間違いであることは、最近の江戸研究で明らかになったが、わずかな武士と村役人による自治で平穏が保たれたとする見方にも不自然さが残る。
 いくつもの村を担当する代官屋敷のわずかな武士、村に数人しかいない庄屋などの村役人で、大小さまざまな農民間や旅人などとのトラブルが解決できるとは思われない。代官や村役人は徴税などの行政事務も行う行政官である。火付・盗賊・喧嘩など人間が集団生活する以上必ず発生する様々な犯罪やトラブルを解決するには、現代社会と同様に強制力を行使する役人が必要である。
 定説では、それらを代官からの指揮を受けた被差別部落民が行ったとされる。しかし、日頃差別されているだけの穢多の人々がそのような職務を忠実に執行するとは思えない。日頃の差別に対する報復心だけで、自らの身を危険にさらして代官に協力するだろうか。圧倒的に少ない武士階級に対して、実力行使をした任務とする穢多が組織的に反抗した記録はない。
 ごく稀にだが発生する百姓一揆に際しても、その鎮圧を行うのは基本的には武士ではなく、警察を担当する代官と手下である穢多である。そして、その鎮圧はきわめて的確に行われ、幕藩体制が揺らぐほどの反乱に発展することは、幕末に至るまでついになかったのである。
 「部落学序説」の、穢多は司法警察官として高い職業意識を持って、自主的に職務遂行にあたっていたとの説明は説得的である。代官は今で言うところのキャリア警察官、穢多はノンキャリの叩き上げ警察官だとの認識は正しいと思われる。
 城下町の武士が政治と行政を行い、現場の代官屋敷がその出先である。村役人が一般行政を、穢多村が警察事務を分担する。それが、徳川時代の政治行政システムだったに違いない。今日、警察署を廃止すれば、社会の秩序は維持できない。同様に江戸時代においても、穢多と言う警察が存在してこそ、太平の世が実現していたのである。

被差別部落の豊かさの謎

 定説では、穢多などの被差別部落は最下層の民として差別されていたと言う。普通に考えれば差別と貧困は表裏一体の関係である。豊かな者に対する差別は一般に不可能であり、それは通常「妬み」とか「やっかみ」と表現される。
 「部落学序説」にも指摘があるように、被差別階級であったはずの穢多が貧困どころか裕福階級だったとの記録は多い。穢多頭が壮麗な屋敷を構えていたり、帯刀や駕篭の使用が許されていたことは多く記録されている。その富は、賎業といわれた皮革業が穢多に独占されていたことで生み出されたようである。しかし、定説による賤民史観を肯定するなら、農民を上回る富の蓄積がなぜ黙認されるのかは多いに疑問である。差別されるべき穢多が武士なみに豊かである必要はない。穢多が被支配階級であるなら、富の蓄積は支配体制を揺るがしかねない危険である。
 「部落学序説」が説く通り、穢多階級は支配階級にあったのだと思う。治安維持にあたると言う重要な役にあるからこそ、その報酬として皮革業の独占が許されたのだと考えられる。警察のような権力行政の末端は、贈収賄の最先端である。経済的に恵まれなければ、容易に買収され適正な職務執行が行われないのは、多くの発展途上国の警察が一般に腐敗しやすいことからも明らかである。穢多階級の経済基盤を盤石なものにしてこそ、台頭しつつあった裕福な商人階層や富農に対して厳正な法の適用が行えたのに違いない。

次回は、明治維新の謎を「部落学序説」により解いてみたい。

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2006/06/14

日本が危ない:吉田向学「部落学序説」を読む 1

今回は、ココログで注目しているブログをご紹介したい。
「すばらしき新世界」のカテゴリー区分にしっくりとこないので迷いはあったが、より多くの人に読んでほしいとの著者の熱意を思い、微力ながらご紹介することとした。
 テーマは、多くの知識人が正面から取り組むことを避けがちである被差別部落である。被別差部落は、明治維新以後今日に至るまで日本社会の汚点のごとく論じられ、政治的課題として多くの予算と労力をかけて解決が図られてきた。
 吉田向学氏のブログ「部落学序説」は、その被差別部落問題を根幹から問い直す視座を提示している革新的な論説である。
 従来の定説(著者はそれを「賤民史観」と呼ぶ。)では、被差別部落(特殊部落)は中世に誕生し江戸時代に強化徹底された最下層の被支配階級「穢多(エタ)」「非人(ヒニン)」が住む村落であるとされ、その差別の原因は主として死牛馬等の処理など従事した職業にあるとしてきた。
 それに対して著者・吉田向学氏の提示する「穢多」「非人」像は斬新かつ革新的である。まず「穢多」「非人」は支配階級であり、被支配階級ではないと言う。明治以降の「士・農・工・商・穢多・非人」とのヒエラルキー(階層)構造は、当時先進のマルクス史観などの影響を受けた階級概念を適用したものであって、実際の江戸時代の社会構造とは違うと指摘する。その上で「武士」「穢多」「非人」が支配階級として上下に並び、被支配階級は「農」「工」「商」が職業別に分類され並列に存在していると指摘するのである。
被支配階級は生産活動に従事する「常・民」であり、支配階級は主として統治に従事する「非常・民」であるとし、「武士」は戦争(江戸時代にあっては他藩や藩内の武力蜂起が対象)を、「穢多」「非人」は司法警察を担当していたと説くのである。
 すなわち著者によれば、「百姓(著者の定義のよれば農民・商人・職人などすべての被支配階級)」と「穢多(著者によれば「非人」も含まれる)」は、現在の一般市民と警察官の関係とほぼ同様の関係にあると言う。平和に善良に生活する限りにおいて一般市民と警察官は基本的に無関係であり、むしろ犯罪者や犯罪から日常生活を守る守られる関係があるに過ぎないと言う。そこにあるのは、上下関係ではなく相互信頼に違いないと言うのである。現在の町をイメージして、そこにある警察署や駐在所、交番が「穢多村」でありそこにいるのが「穢多」「非人」と言う職業を持つ人なのだと説くのである。そこには、差別・被差別の関係はまったくないと言うのである。
 もちろん、職業選択の自由はすべての人々に認められていない封建制度下であり、「穢多」「非人」を含むすべての人々は世襲でその仕事につき、居住場所も決められていることは現在と違う。街道警備などの都合上で「穢多村」は配置されたと言う、今もそうであるように軍事や警察の業務上重要な場所は不便地であることが少なくない。「穢多村」が地味の乏しい僻地にあるのは、職務上の都合であって差別されているためではないのである。
 では定説で言う賎業(死牛馬の処理など)とは何なのか。著者はむしろそれは「穢多」だけに独占的に許された特権であると言う。当時の農作業などに不可欠であった牛馬だけに、それに関する仕事は安定的であって独占することの利益は大きい。その利益の大きい職業を「穢多」に独占させることで、警察業務を行う経済的基盤を与えたのである。「穢多」には「武士」と同じく各藩から手当が支給されていた。しかし「武士」がそうであったようにその手当だけでは生活は成り立たないのが江戸時代であった。その補填のため「賎業」が独占されたのである。死牛馬の処理とは武具などに不可欠な皮革製造に他ならない。なめし加工され武具になった皮革は各藩に買い取られたに違いない。著者は「穢多」の独占した職業が各藩さまざまであったと指摘しているが、火薬製造などもその一つだったと指摘する学者もいる。
 著者の提示する江戸時代の社会像は斬新である。その斬新さゆえの誤解も多いようである。その論説は、逐次なされる指摘への反論なども含むため理解が難しい部分も多い。
 ブログの限界とも思える長大な論説は、江戸時代の「穢多」の姿を描き終えるまでに、すでに3章(著者によれば新書3冊分)を費やし、ようやく明治維新以後の「賤民史観」の形成過程に及びつつある段階である。「部落学序説」の早期の完成を願ってやまない。
「部落学序説」は、司馬遼太郎の影響なども受け少なからず幕末や明治維新に興味を持つ人にとって、まことに興味深い論説である。今まで不思議であったいくつもの疑問を解く重要なヒントを与えてくれている。次回は、そのことを考えてみたい。

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2006/06/13

105円の本達:渡部昇一編「参謀の条件」

参謀の条件
渡部昇一編

「プレジデント」と言うビジネス誌がある。今は月2回発行で、ホワイトカラー系の会社の中間管理職クラスの仕事管理や部下管理のノウハウを特集することの多い雑誌である。
 バブル景気で日本型企業が全盛を迎えていた80年代まで、この雑誌は名前のとおり一流企業の重役や部長級を対象とした、帝王学を学ぶための雑誌として有名であった。今よりはるかに重厚な装丁なページを開くと、中国の古典「孫子」の解説や三国志の豪傑達、戦国時代の武将など、傑出したリーダー達の生きざまや哲学、組織運営の妙などを説いた記事が満載であった。
 その定番記事の一つに旧帝国陸海軍の将軍や参謀の伝記があった。80年代の企業のトップの多くはまだまだ戦争を知っている世代であり、目標とする人物像として第二次世界大戦の英雄達はもっとも身近な存在だったのである。
 この本は、80年代半ばに掲載されたそんな伝記を再構成したものである。題名からは「参謀」という職務の科学的分析書を想像するが、内容は名参謀と言われた軍人達の単なる伝記集に過ぎない。
 改めて考えてみると、現在のビジネスマン、特に管理職以上の人々が目標とするべき魅力あふれるリーダー像を具体的に想定することが出来なくなって久しいように思う。戦後に生まれた世代にとって、高度成長の日本を支えた特定のリーダーをイメージすることが出来ないのは大きな不幸である。戦後日本には、政治家にも、経営者にも、学者にも、だれもが納得できる100年後にも伝説となりうるような「優れたリーダー」がいないのである。
 昨今の若手経営者達の人間像や哲学、ビジネススタイルに「品格」がないのは、そんなことが影響しているに違いない。

参謀の条件
渡部昇一編 プレジデント社

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2006/06/11

105円の本達:ボブ・グリーン「オール・サマー・ロング 上 夏を追いかけて」

410533301109_ou09_pe0_scmzzzzzzz__2 オール・サマー・ロング 上 夏を追いかけて





このブログで何回かご紹介したボブ・グリーン初の長編小説です。
最近では珍らしい350ページを越える分厚い本が2冊。そのボリュームには圧倒されますが、そこは名コラムニストだけに読みやすい文体で自然に読めてしまいます。
本のタイトルはザ・ビーチ・ボーイズの名アルバムからとったものでしょう。
明るく屈託のない60年代に青春を送った著者の想い出がつまった小説です。
アメリカ中西部で青春を過ごした高校時代の親友3人が、40歳を越したある夏にアメリカをあてもなく旅していく物語。ロード・ムービーならぬロード小説。
何気ない風景や出会いに過ぎた青春を思い出し、親友との会話やすれ違いにそれぞれが過ごした時の長さを感じる、そんな物語なのです。
同じ60年代を直接体験した、或はアメリカで青春を送った読者なら、そんなエピソードの一つひとつが限りなく懐かしく郷愁を感じるに違いない、切なく暖かい文章が続いています。
自らの青春と重ねることが難しい読者には、今ひとつ感情移入がしにくいことは事実なのですが、例えばアメリカン・グラフィティーの登場人物達をイメージして、「おやじ」になった3人が旅していく姿を想像すると案外楽しめるに違いありません。
小説としての評価は下巻を読了したとき、改めてご紹介したいと思います。

オール・サマー・ロング オール・サマー・ロング

アーティスト:ザ・ビーチ・ボーイズ
販売元:東芝EMI
発売日:2001/06/16
Amazon.co.jpで詳細を確認する







 

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2006/06/09

MacLife:TV番組が一発でiPodに。TVキャプチャーは凄い!

Inc_f_1 GV-1394TV/M3 FW H/W DVエンコーダTVチューナーBOX

音楽にPodcastにと大活躍の第5世代のiPodですが、何といっても動画が見られるのが、最大の買いです。
以前にも2回ほど、市販DVDを見る方法とDVDに焼いたテレビ番組を見る方法をご紹介しました。毎日のこととなるとTV番組をDVD-RWに焼いてMP4に変換するのは時間的に辛いのは、本当のところです。
で、ついに新発売のTVキャプチャーボックスを購入しました。
同型のM2のマイナーチェンジですが、M3は録画から変換そしてiPodへの転送までが全自動で可能の優れものです。
ファイアーワイヤー1本でマックとつなぎ、アンテナケーブルをつなぐだけでセットアップはOK。付属のCDから専用ソフトをインストールをすればすぐに使えるようになります。基本的にはマックの機種には依存していませんがOSは10.4が指定となっていますので要注意です。
本体には電源ボタンしかなく、すべての操作はマックから行います。
予約録画はもちろん可能。ブラウザで任意のiEPEG対応テレビ番組ページを表示してワンクリックで専用ソフトに転送されます。予約録画された後は自動的に変換から転送までされますので、何の手間も待時間も実質的にはありません。これは想像以上に便利で関心しました。
なお、本体電源を切ったりマックがスリープしていると予約録画がされないので要注意です。(当然といえば当然ですが忘れがちなので念のため)
例えば前日深夜のドラマが、翌朝起きたときにはiPodに転送されていて、出勤の電車で見られるのは、わかっていても感激です。
値段も2万5千円程度とお手頃なのもお勧めです。

GV-1394TV/M3 FW H/W DVエンコーダTVチューナーBOX

販売元:アイ・オー・データ
発売日:2006/05/31
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006/06/07

105円の本達:中島らも「しりとりえっせい」

しりとりえっせい

中島らもはお気に入りの作家の一人である。
中島らもは関西人である。したがってそのコラムは読者を楽しませることを最大の目標にしていた、と言わしめるほど抱腹絶倒ものの逸品が多い。
文化論的なものから下ネタまで、なにを取り上げても必ずオチがあるところが凄い。膨大ともいえるコラム集は、どれも一定水準以上で古びることなく、何度読んでも面白いところが、実に凄い。
ホラー小説や推理小説風の長編小説にもなかなかの傑作がある。
多様なジャンルの小説からコラムまでこなす日本の出版界にとって貴重な人材だったが、若くして急逝してしまったことが本当に残念である。
著者自身が自らの生きざまを多く書き綴っているが、いろいろな意味でごくごく普通に人生を送っているだけの平凡な人にこそ読んでほしい作家である。
本書は、夕刊フジに連載されたエッセイ集である。テーマを限定せず単純に「しりとり」で繋げて行くという無謀さが中島らもらしい。読者層を考えて下ネタが多めになっているところも中地らもそのものである。しかも、週5日の連載にも関わらずどれも確実におもしろいところが中島らもである。間違いない!
この先、どんな面白いことや理不尽な事件がおきても、中島らもがコラムにすることはないのだと思うと、限りなく寂しいのである。

しりとりえっせい しりとりえっせい

著者:中島 らも
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006/06/05

105円の本達:林望「イギリスはおいしい」

イギリスはおいしい
イギリスが好きだ。
それは限りなくこの一冊と出会った結果であると言って良い。
林望のデビュー作で最高傑作と言って良い「イギリスはおいしい」は、今読んでもまったく古びないで、イギリス好きの日本人を生み出し続けているはずである。
独特の堅苦しくて古くさい文体で紹介されるのは、イギリス人とイギリス文化の不思議さと面白さである。表題でわかるとおり、食べ物や料理方法を取り上げたエッセイは特に面白い。
一歩間違えれば痛烈な批判・皮肉になりかねないイギリスの習慣やイギリス人独特の考え方を鋭く切り取ったエッセイ。それが親友の愛すべき癖程度にしか感じられないのは、著者の限りないイギリスとイギリス人への愛情がそこにあるからに他ならない。
この本を読み、どうしてもイギリスに行きたくなり2週間ほどロンドンに滞在したことがある。古びて陰鬱な街も大柄で尊大な表情の人々も、昔に旅行で立ち寄った時と少しも変わっていなかったが、林望が教えてくれた視点で見るとまさにイギリスはそのとおりの国であった。
限りなく変わり続ける日本といつまでも変わらないイギリスは好対照であって、なお日本人にとって一番親近感を持てる西欧の国だと断言したい。

イギリスはおいしい イギリスはおいしい

著者:林 望
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006/06/03

BraveGoods:National イオンスチーマー ナノケア EH2465

National イオンスチーマーナノケア 黒 EH2465-K
新しいカテゴリーを始めました。BraveGoodsでは、これはお薦めという製品や道具などを紹介していきます。
最初の一品は新製品のスチーム式美顔器「イオンスチーマー ナノケア」です。
女性向きでまったく同型の白いものが既に発売されていましたが、真黒ボディーで今どきの男の子に売り込み開始といったところです。
黒くなっただけで、なかなか精悍でメカニカルな印象になるものです。
さて、肝心の性能はと言うと、まず吹き出す蒸気がただの湯気ではないことが売り物です。電子の力でやたらと小さくなった水滴がなんと毛穴から内部まで浸透するとのこと。風呂やプールに長く使っていると皮膚がふやけるわけですが、それを極小蒸気で短時間にやってしまおうと言うことのようです。
使い始めは2日に1回程度からと説明書にあったので、到着してから今日で約2週間7回ほど使用した結果は.... なかなか良いです。
洗顔後も何となく脂っぽいのが気になっていたものが、3分ほど蒸気を浴びて洗顔すると驚くほどスッキリとするのです。しかも、肌はしっとりふっくらして、洗顔後特有の突っ張るようなカサカサ肌になりません。
10分ほど蒸気を浴びてからローションを塗って睡眠すると、翌朝は驚くほどのすべすべになっているのも驚きです。もっともこれは仕事などしていると昼前には以前と同じ脂っぽい肌に戻ってしまいますが。
結構高い買い物ですが、今のところ合格ラインは突破しています。使用を続けて宣伝どおりに肌がみずみずしくハリが生まれるかが楽しみなところです。
いずれ経過報告をさせていただきましょう。

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2006/06/01

105円の本達:松山猛「ワーズワースの庭で」

ワーズワースの庭で

ワーズワースは知るひとぞ知るイギリスの詩人であるが、この本とは基本的に何の関係もない。世を捨て趣味に没頭した生き方の象徴として名前が使われているのである。
「ワーズワースの庭で」「ワーズワースの冒険」は、日本がバブルに踊った80年代の名残りがまだまだ残る90年代初頭にフジテレビで放映された人気番組である。
その時代らしく人間、仕事仕事ではなく趣味にはまって豊かに生きようといったコンセプトで、毎回マニアックなテーマで物・食・文化などを探求していた。
激安お買い得一辺倒の平成不況も末期の現在、ある意味で「失われた日本の素晴らしき未来」を先取りした番組であったとも言える。
紅茶、祇園、中華街、バー、居酒屋、ガーデンライフなど、幅広く深いテーマが誰にでも取っ付きやすくカタログ風にマニュアル化されているところが、その時代らしい。
著者の松山猛こそは、カタログ雑誌の創始者とも言うべき人物であり、オタク文化をメジャー化した第一人者と言えるだろう。80年代、若者雑誌ポパイで西海岸の若者文化を紹介したり、自らの趣味やコレクションを蘊蓄(うんちく)ごとマスメディアに乗せることで、まったく新たなジャンルを築き上げたのは凄い。最近こそテレビなどで見かけることもないが、一時はお洒落な出で立ちで番組や雑誌に良く登場していた。
もっとも、その道の達人に言わせれば、雑多とも言える趣味を持ちコレクションを集めるのは邪道だそうである。コレクションなら一つか多くて二つに限り、出来れば親子三代で極めていってこそ真のコレクターであるそうな。
いずれにしろ、バブル期最後の華やかさを象徴するような一冊である。

Book ワーズワースの庭で

著者:松山 猛
販売元:フジテレビ出版
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