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2006/06/18

日本が危ない:吉田向学「部落学序説」を読む 3

「部落学序説」 で解く明治維新の謎

 今回は、「部落学序説」によって明治維新の謎を解き明かしていきたい。明治維新によって成立した天皇制国家は事実上今に続いており、明治維新の真実は十分には科学的に解明されていないと「部落学序説」の著者である吉田向学氏は考えているようである。確かに私達が一般に学んだ幕末の動乱から明治維新、新政権の確立の過程には不自然なことが多い。司馬遼太郎など優れた歴史作家の考証によってももう一つ納得がいかない点もあり、また十分に検証されていないものも多い。そのいくつかを「部落学序説」が提示する穢多像で鮮やかに説明可能なのである。
 なお、「部落学序説」の定義に従い、今回まで3回の論述に使用している「穢多」「非人」の用語には一切の差別的意味合いは含まれない。単に近世における職業を担う人又は集団を示していだけである。「穢多」「非人」の単語は「武士」「商人」「百姓(農民)」「勤労者」「経営者」「公務員」などと同様に使用しているに過ぎないので、くれぐれも誤解のないようにお願いしたい。

大量発生する労働者、貧民の謎
 
明治維新後、新たな大規模産業が政府や財閥系民間資本によって振興される。そのスピードは驚くほど早く全国各地に大規模な工場などが建設され、多数の労働者を雇用するようになる。並行して、同時期に東京をはじめとする都市に大量の人々が流入して都市貧民層を形成するのである。
 謎は、その人々が明治維新前に何をしていた人々だったのかにある。多くの歴史書によれば、その人々は困窮した百姓であったと言う。幕末の動乱で疲弊した村々を放棄した農民達であると言う。しかし、それは多くの記録と矛盾する。幕末の動乱で疲弊したのは京都や大阪、江戸などの都市であって、農村ではない。百姓には天候さえ安定していれば食糧を生み出す農地があり、明治維新で政治体制が安定するなら、その農地を放棄してまでして、都市へ流浪する必要はないのである。明治政府が行った税制度の変更などで多くの農民が困窮し農作を行えなかったとの説も誤りのようである。その一部は事実であるにせよ明治維新後の早い時期に急速に農村が疲弊した証拠は全くない。
 さらには、明治維新直後の百姓(農民)が一般に読み書き算盤ができなかったことも重要である。多くの発展途上国で工場運営がうまく行かない最大の理由は識字率の低さ=無学であることにある。明治新政府などが建設した工場で労働する人々には、その意味で教育があったようである。その労働者像は困窮した農民像と一致しないのである。
 「部落学序説」が描く司法警察職員としての穢多像は、それら工場労働者像と一致する。下級行政職員として代官所などからの書状に従い職務を行い報告する穢多は識字能力が不可欠であったと著者は指摘している。その一部は、明治維新後も近代警察の職員として雇用されたが、その他多くは何らかの職を探す必要があったのである。明治維新により司法警察職としての穢多身分を失い、同時に皮革業の独占も廃止されたことで、多くの穢多は生業を失ない困窮したのである。皮革業に従事し農地を持たなかった穢多村は放棄され流浪民となった者は少なくないに違いない。江戸時代の穢多は、一部が警察職員となり、新たな工場に従業員として雇用され、それもかなわなかった者はあてもなく、都市に流入し貧民となったのではないだろうか。

治安の急激な悪化ななぜ?
「部落学序説」が主として取り上げ研究しているのは西日本、特に山口県の穢多村である。一方で明治維新後に多く記録され研究されているのは江戸改め東京の風俗である。従って確証はないが、明治維新後しばらくの特徴の一つに治安の急激な悪化がある。幕末の政治混乱の時期、京都の治安が極めて悪かったことは良く知られているが、将軍のお膝元である江戸は明治維新に至るまで至って平穏で平和であった。その太平さは当時の瓦版などが良く示しており、政権の交代など市民の生活には無縁と言って良いほどである。それが、暗殺が頻発するなど維新後まもなく急激に治安が悪化しているのは何故なのだろう。定説は明治維新に対する不満を持つ士族に原因を求める。しかし、幕末においては倒幕を図る「志士」達が同様にいたのであり、明治政府が一般に市民に対して強権的であるだけに、治安が悪化することは不自然である。
 「部落学序説」が今後本格的に論述するところになると思われるが、それは江戸の太平を支えた近世警察組織である穢多身分の廃止が直接の原因と思われる。
司法警察官として村々に駐在し、江戸においても同心などとともに市中の治安維持の任にあった穢多が、賤民解放令によって一斉にその職を解かれたのである。緻密に構築された予防型の警察システムが放棄され、西洋式の鎮圧型近代警察システムの構築が急がれたが、そのタイムラグが治安の悪化を生み出したに違いない。

明治近代警察官の横暴さの謎
 明治維新が一段落して西洋式の行政システムが整備されるのにあわせて、洋服を纏ってサーベルを下げた警察官が町や村の要所の交番に配置されている。その警察官達は維新前に何をしていたのかが謎である。体格は一般に良く、言動は粗暴であり、正義感は至って強い。その特質の一部は武士階級のそれであるが、幕末に日本を訪れた多くの外国人が褒めたたえたような高い教養や倫理観に支えられた気高さはない。ごく普通の市民からさえ粗暴さを軽蔑されていることなどから、その大半は元武士階級ではないのである。では百姓かと言えば、まったく違う。まずは字が読めなくては勤まらないし、田畑を耕していた者がそうそうサーベルなどを操って、人を指図するなど出来はしないからである。明治維新後すぐに全国津々浦々まで、きわめて画一的な警察官が大量に出現したのは、定説では決して理解できない謎なのである。
 「部落学序説」が考証する穢多にとっての明治維新の意味を踏まえると、この謎が実によく解明できる。
 従来から村や町にあって司法警察業務に従事してきた穢多のうち、特に適性があるものが重点的に明治政府に警察官として採用されたのである。明治の典型的警察官の言動は、村々の治安維持を行っていた穢多のそれそのものであったに違いない。
 徳川時代にあっては、穢多も農民も生まれた村から出ることなく、代々顔見知り同士で予定調和的に警察業務は行われていたはずである。自然、双方がトラブルとならないよう動作し、穢多も犯罪人に対するとき以外は農民と言葉を交わす必要も少なかった違いない。ところが、明治維新後にあって近代警察官となった穢多は、生まれ育った土地を離れ、命じられるまま遠く離れた地において警察業務を行うことも少なくなかったはずである。
 その結果、風俗習慣も異なる江戸に配置された旧穢多である警察官は、江戸町民そのままの東京市民の振る舞いに対して、生まれ育った田舎そのままの言動、それも法を守らない犯罪者に対するそれをとったに違いない。明治の警察官の横暴さの裏には、粋で権力嫌いな旧町民と野暮で真面目な旧穢多の対立の図式が浮かび上がるのである。

以上いくつか取り上げたほかにも、「部落学序説」からは多くのことを学ぶことが出来た。「部落学序説」は著者自身が認めているように、先行する被差別部落に関する多くの研究書など二次資料を比較検討した研究論説である。その研究対象となった地域も西日本の一部であり、部落問題に関する普遍的研究とは言いがたいことは事実である。多くの研究者によって一次資料に基づく科学的検証がなされることを期待してやまない。
あまりに長大な論説なため「部落学序説」ブログサイトを訪問しても、読解を放棄する方が多いのではないかとの危惧もある。I(NDEXで興味を感じる部分から通読してみることをお勧めする。)
すでに論考された穢多及び穢多村に関する独創的で革新的な解釈は、21世紀の被差別部落研究にとって、極めて貴重なものであると高く評価したい。 
そして、第4章以下で予定される明治維新以降の「被差別部落」形成過程並び「賤民史観」形成過程の考察は実に興味深く、今後の展開が楽しみでもある。

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コメント

『部落学序説』を読んで感想を書いてくださったこと、こころより感謝いたします。

「吉田向学「部落学序説」を読む」の1と2に関しては、『部落学序説』のこれまでの記述を的確にまとめて下さって、そのすばらしい能力に筆者としてただ驚くばかりです。

ただ、3については、『部落学序説』の記述に、BigBrotherさんの「見解」(しかも、筆者が指摘する「賤民史観」に染め抜かれた「見解」)が付加されているように思われます。『部落学序説』の近世に関する記述に「賤民史観」の現代の記述を「接ぎ木」したような感じがいたします。

「賤民史観」には「愚民論」がつきものですが、BigBrotherさんの次の文章は「愚民論」に立脚したものです。

「明治維新直後の百姓(農民)が一般に読み書き算盤ができなかったことも重要である」。

これは、「百姓(農民)」について、BigBrotherさんが、無意識に持っておられる「予見」・「偏見」から出てくる言葉です。たとえば、久保田信之著『江戸時代の人づくり』(日本教文社)には、「諸法度、御触書・・・などの・・・法令類が寺子屋の教科書として採用され、庶民の子どもが幼い頃から慣れ親しむ・・・」とあります。

長州藩においては、津々浦々に「寺子屋」が設置され、「読み・書き・算盤」ができる「百姓(農・工・商)」はめずらしくありませんでした。長州藩は「藩力」(筆者の造語)を高めるために、「武士」だけでなく「百姓」の教育を奨励しました。社会的に突出した一部の「武士」階層のレベルアップするだけでは、「藩力」の向上にはつながらず、天保期以降、「藩民」(筆者の造語)の教育水準の強化に力をいれるようになりました。

最近の江戸の「百姓」研究では、「百姓(農民)」の教育水準の高さがみとめられつつあるように思われます。こんな表現が適当かどうかわかりませんが、一般的には「馬鹿には百姓(農民)はできない」といわれます。

山口県の小教会に赴任したのは、私の希望ではありませんでした。基督教会では、「召命があれば、どんな地でも赴任する・・・」という発想がありますが、筆者も同じ理由で山口の地に棲息するようになりました。

山口の地は、近世においては「長州藩」と呼ばれた地です。「東京」からみると地方の田舎でしかないのかも知れませんが、明治維新の諸制度は、長州藩の制度(明治新政府に先立って実施された・・・)を雛型にして施策がねられた可能性が高いと思っています。壬申戸籍など、長州藩の戸籍帳(こじゃくちょう)を雛型にしてつくられたものです。

私は、山口は、BigBrotherさんが指摘されるように、「西日本、特に山口県の穢多村」を研究対象にしていますが、その「山口県(長州藩)」は、どこかで近代日本の全体と断ち切りがたい接点を持っていると考えています(普遍的側面を持つ・・・)。私は、「山口県」に資料を限定しているつもりはなく、現在執筆中の近代警察についても明治4年当時の府県の資料を念頭にいれて執筆しているつもりです。それら全部にふれると、『部落学序説』がさらに長文化しますので、自粛している次第です。

BigBrotherさんの「体格は一般に良く、言動は粗暴であり、正義感は至って強い。その特質の一部は武士階級のそれであるが、幕末に日本を訪れた多くの外国人が褒めたたえたような高い教養や倫理観に支えられた気高さはない。ごく普通の市民からさえ粗暴さを軽蔑されていることなどから、その大半は元武士階級ではないのである。では百姓かと言えば、まったく違う。まずは字が読めなくては勤まらないし、田畑を耕していた者がそうそうサーベルなどを操って、人を指図するなど出来はしないからである。」いう文章も、「武士」には「高い教養や倫理観に支えられた気高さ」があるが、「百姓」にはないという「愚民論」的発想で綴られています。

鹿児島県(薩摩藩)の歴史をひもとかれるとそのあたりの解明ができるのではないかと思われます。西南戦争で散った薩南健児3万人の内、元「武士」階級は1万数千人に過ぎません。それでは、あとの人々はどの身分に所属する人々だったのでしょうか? 東京の市民から「粗暴」であると「軽蔑」されたひとびとは、薩摩弁をしゃべる元武士階級の警察官だったのではないでしょうか? 「おいどんは・・・でごわす」という表現すら、当時の「江戸っ子」には「粗暴」つ映ったのではないかと思います。

BigBrotherさんの「先行する被差別部落に関する多くの研究書など二次資料を比較検討した研究論説である。」という、筆者に対する批判は早急過ぎます。私は、重要な点については一次資料(活字化されたもの)に依拠しています。たとえば、岩波・近代思想大系や岩波・日本思想大系、岩波・日本史資料、徳山市立図書館の郷土史料室の資料などは一次資料(活字化されたもの)です。「二次資料(論文)」の比較検討という方法は、無学歴・無資格の筆者の論を「客観化」するための表現上の一手法に過ぎません。

「吉田向学「部落学序説」を読む」の1・2と3との間に大きな落差があります。しかし、BigBrotherさんが
長文の『部落学序説』を読んで下さってコメントしてくださったことに心から感謝いたします。敬意を込めて、ご返事させていただきました。吉田向学。

投稿: 吉田向学 | 2006/06/19 01:55

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