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2006/07/31

BraveLife:本田美奈子は永遠に

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本田美奈子オフィシャルサイト

本田美奈子 そして 本田美奈子.

1967年7月31日 ー 2005年11月6日

愛すべき天使よ 永遠に。

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2006/07/27

日本が危ない:共謀罪は絶対に危ない3

警察の変質 民主警察から思想警察へ

共謀罪が成立すれば、戦後曲りなりにも民主警察として運営されてきた日本の警察機構が決定的に変質することは不可避です。

現在の警察は犯罪が行われた後で、科学的方法で捜査を行い犯人を逮捕することを、基本的な使命としています。その手続きは厳格に法令に定められていて、何が犯罪なのかについて一義的に警察が判断することはないことが原則です。

一方で、共謀罪はその目的とするテロ犯罪の予防・防止を考えてもわかるように、基本的に犯罪を事前に察知し抑止することを目的としたものです。すなわち、警察は、常に総ての国民や市民の活動を網羅的に把握し、共謀罪を構成する犯罪が行われる可能性を発見し次第、その当事者が犯罪に着手する前に、逮捕することが求められるのです。

一般に公安警察と呼ばれるそのような警察活動は、公安調査庁や警察の一部の部局が所掌していて、共産党幹部宅の盗聴事件や宗教団体の内偵などによって、ごく稀にマスコミの報道を通じて国民に知られているところです。

共謀罪が成立すれば、その「厳正な運用」のために各階層の警察機構に「盗聴」「盗撮」「内偵」「潜入」を捜査手法として常用するセクションが設置されることになるのです。その監視対象は、国民や市民の言論を含むあらゆる活動です。法律に明記された「国際的犯罪組織」だけが監視対象なのではありません。なぜなら、それらの組織は非公然秘密組織なのであって、だれが構成員であるかが分らないからであり、また一般に知られていない組織があるからです。

だれがいつなにを共謀するのかわからない状況で、警察には犯罪を行う前に犯人を逮捕することが要求されるのです。

共謀が行われたことを察知できずに犯罪が実行されれば、警察は大いにその無能ぶりを非難されることでしょう。その結果、警察の監視対象と監視方法は際限なく拡大し、結果として国民そして市民の活動や言論の自由は限りなく侵害の危機にさらされることになります。共謀の事実の監視は、いずれ共謀の可能性の監視に拡大し、特定の団体や個人に対する予断に満ちた犯罪の予測へと展開することは明らかです。
これこそ、日本において戦前に国民の自由を徹底的に抑圧した治安維持法と特別高等警察(特高)そして思想検事の構造そのものであることを忘れてはいけません。

冤罪 それが怖い

現在の法体系は、罪刑法定主義を前提に厳密な証拠主義をとっています。あらゆる犯罪は本人の自白のみでは犯罪とされず、他人の証言もそれを裏付ける物証なくしては基本的には有罪の決定的証拠とはならないとされてきたのです。それらの原則は、前にも述べたように中世の魔女裁判への真摯の反省から生み出されたものであり、日本においては戦前の自白偏重の捜査方法への反省が基礎となったものでした。

共謀罪の特質の一つは、犯罪が行われる前、すなわち物的証拠が存在しない段階で犯罪が成立することにあります。共謀罪は、その性質上からごく特殊な場合を除いて物証が存在しない犯罪なのです。そこにあるのは、ある人々が犯罪を行おうと「話し合った事実だけ」なのです。

基本的に記録が残らない「話し合った事実」があったことを証明することは極めて困難です。話し合った当事者の自白・密告か、たまたまそこに居合わせた第三者の証言だけが、その事実を証明することになるからです。それは同時に「話し合った事実」で起訴された人が、その事実がないことを証明することが極めて困難であることも示しているのです。

かねて目を付けて監視や協力者の潜入による内偵を続けてきた特定の団体に対して共謀罪を適用するとき、盗聴による録音テープや協力者による証拠書類など、いくつかの物証が確保され、関係者による証言もあって、その犯罪を立証することは比較的容易であることでしょう。

しかし、もし警察が予断に基づいて、あるいは功をあせって逮捕をした場合に、その冤罪を、真に共謀により犯罪を準備していた場合と区別することは全く困難なのです。
警察が描く構図や事実、それを補強し立証する協力者による証言。それらが、事実があった場合と区別できないことは決定的に重要で深刻です。

現実に犯罪を準備していた者が、罪を逃れるためにそのような事実はないと嘘の供述をすることは一般に予想されます。長期間の勾留や拷問による圧迫によって偽の供述が作り上げられることも歴史がよく教えるところですが、それを覆すためには科学的論理性や物証が決定的に重要です。「証拠なきところ犯罪なし」これこそが歴史に学んだ近代刑法体系の貴重な教訓にほかならないのです。

警察により共謀罪を捏造されたとき、その被疑者にはその冤罪を晴らすための科学的論理も物証も一般にないことでしょう。いつ共謀したのか、なにを共謀したのか、事実がない以上それが「ない」ことを証明することなどできないからです。裁判の過程である特定の「日時」「場所」が示されることでしょうが、運良くアリバイによってその事実がなかったことが証明できても、証言者の記憶誤りによって別の「日時」「場所」だと修正されるなら、決して「事実がない」ことなど証明はできないのですから。

メンツにかけて「犯罪の事実」を「証明」する警察機構=国家を前に、一国民はあまりに無力です。

結果として、ごく一般の少国民にとって、警察に「目を付けられない」ことこそが最も賢明な処世術となるのです。

主人であるべき国民が、国家の顔色を窺うような国には住みたくないものです。

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2006/07/16

105円の本達:景山民夫「モンキー岬」

Monkeypoint景山民夫著「モンキー岬」 角川書店





暑い日が続きます。
ちょっぴり気分転換にブログのデザインを変えてみました。

1991年発行の景山民夫が得意とする「無国籍」小説の一冊です。
バブルの崩壊が一般国民には気がつかれていなかった90年代初め、大手広告代理店に就職したものの何か違和感を感じている若者と医者の息子の落ちこぼれ医大生が、自分探しにオーストラリアに旅立つ。あの当時よくあったスチュエーションで小説ははじまります。
オーストラリアの西のはずれ、日本資本のリゾート開発の危機にさらされた辺境の牧場を舞台に展開していく物語は、物語の登場人物が語るとおりに古き時代の日活の「無国籍映画」そのものです。
気丈なスコットランド移民の未亡人、美人でグラマーな姪。そして「流れ者」の日本人の若者2人。そして敵役は牧場の買収を企む日本資本の社長と現地の暴れ者。
現実味のない空間で、いたって現実的な会話が重ねられ、物語が進行していくのが、景山民夫の小説の魅力といって良いでしょう。

景山民夫著「モンキー岬」 角川書店

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2006/07/07

日本が危ない:共謀罪は絶対に危ない2

共謀罪のある社会。こんな社会は絶対にいやなのです。
「105円の本達」でご紹介した林望「ホルムヘッドの謎」に、旧ソ連の秘密警察の体験が著述されている。
 秘密警察とは、思想を取り締まることを目的にした警察であり、思想警察とも呼ばれる。秘密警察は、内偵と囮捜査そして潜入捜査などによる秘密裏の情報収集を主な捜査方法とする。思想することが犯罪となる「共謀罪」があってこそ必要とされ、効率的に活動できる特殊な警察である。
 秘密警察が活動する社会は、市民に相互不信を生む陰鬱な社会なのである。
以下、その一部を引用してみたい。

1992年文藝春秋刊  林望著「ホルムヘッドの謎」から

例によって外国人用の古典的ホテルでの昼食を済ませて、私たちはそのラウンジで、お茶を飲みながら食後の雑談を楽しんでいた。その日の午後は、向こうの都合で仕事はなしという予定だったので、私たちはいつもよりゆっくりと昼下がりのひと時を過ごしていたのである。
 すると、そこににこやかな二人の青年がやってきて、一緒にお茶を飲んでよいか、と英語で尋ねた。二人ともロシア人で、一人は技師、もう一人は工学部の学生だと自己紹介をした。英語を勉強したいので、しばらく話し相手になって欲しい、とも言った。技師の方は三十歳位かもう少し若い、一方の学生の方は二十二三位の、ふたりとも確かにインテリらしい顔つきをした好青年に見えた。彼らは、主にソビエトの市民生活に関する私たちの様々な質問に丁寧に答え、その都度、この社会主義という名前の官僚支配体制にほとほとうんざりしているらしいことを、口々に言い立てるのだった。私たちにしてみれば、こんな外人用ホテルの中ばかり見ても面白くもないし、是非にも一度彼らの普通の市民生活をかいま見てみたいものだと思っていたので、いつのまにかそういう話題になった。「差し支えなければ、一度君たちの家をみせていれないか」と、軽い気持ちでそう尋ねてみると、二人は一瞬目を見合わせ、ロシア語で何事ごとかヒソヒソと相談をした。それから、すこし慎重な表情になって答えた。
「結構です。しかし、今すぐというわけにはいかないので、三時間ほど待ってください。友達に連絡して準備をしますから。よかったら、僕らのたまり場になっているバーのようなところへもご案内しましょう....、仲間にも紹介したいし.....そうですねぇ、四時、午後四時にもう一度ここへ来てくれますか」

 そのホテルを出たところで、K君が言った。
「いまの二人、怪しいんじゃないか....」
 そう言われてみると、あのホテルは外国人専用でソ連人は立ち入ることが出来ない筈だ。だのに何故、かれらはこの平日の白昼堂々とあそこにいたのだ。私たちを狙っていたように近づいて来たような気もするし、話が少しうまく出来すぎていやしないか。彼らは一見にこやかな良い人に見えたけれど、よく思い出すといつも目だけは鋭かったような....。だいいち、家を見せるくらいの事になぜ三時間も準備が必要なのだ。仲間に紹介するという、その仲間とはいったい何ものなのだ。何か変だぞ....、どこといってこれという根拠があるわけでもないのだが、心のどこかに「この話は危ない!」とささやく声が聞こえた。

(中略)

 可能性は四つあった。
 まず第一は、男たちがKGBか秘密警察の手先である場合。なぜ、私たちのように何の政治性も持たない人間がそんな険呑な連中に目を付けられるのだ、などということは、この際到底説明のつく問題ではなかったが、しかしわれわれの経験と知識は教えている。とかくスパイ事件とか謀略犯罪とかいうようなものは、無知で善意の市民がその無知にして善意である故に利用され、巻き込まれることが多いのではなかったか。ありもしないスパイ事実をでっちあげて、逮捕し、死刑などをちらつかせて反対にロシア側のスパイに仕立てる、なんてことは謀略機関の人間にとっては朝飯前のことに違いない。現に、われわれが許可もなくロシアの市民の家に立ち入って誰かと会っていた、というそのことだけだって充分にスパイ容疑を形成するように思われる。かくて、私たちの脳裏に浮かんだ最悪のシナリオは、こうであった。
 私たちが男たちに案内されて、彼らの家かまたは溜り場のような所にいると、そこへ秘密警察の捜査官が踏み込んでくる。「君たちはここでいったい何をしているか?」そう聞かれたら、「ただ家を見せて貰っていました」という答えしか出来はしないだろう。そのとき、その答えが彼らを満足させるはずがない。そのまま秘密警察に連行されたあと、私たちはこう告げられるのだ。
「君たちが、あそこで反政府スパイ組織と会合していたことは、すでに明らかになっている。彼らはすべて自白したぞ!さっき押収した君らの荷物の中から、機密情報を撮影したマイクロフィルムも発見されている。君たちがイギリスのスパイであることは、これで明らかであるから、これからゆっくりと取り調べる。まぁ、気の毒ながらイギリスへは永久にかいれない」
 こうして、拷問、自白、裁判、処刑、逆スパイ....と、想像は果てしなく悪い方向に進んで行くのであった。いま、これを読むと、それはスパイ映画の見すぎだろうと滑稽に思う人が多いかもしれない。しかし、そのときその状況の中での私たちの考えとしては、それは決して考えすぎとばかりは言えないように思われた。なにしろ、あの空港での君の悪いマークのされかたからしても、私たちが何らかの監視下に置かれているかも知れないことは、あながち荒唐無稽なこととも言い切れなかったからである。
 第二の可能性は、男たちが反政府民主化運動の非合法活動家である場合である。なんといっても、彼らは「仲間に連絡しますから」と言って、三時間の猶予を要求したのだ。それが、反政府活動の仲間でないとは誰が断言できようか。怪しいといえば、これこそ限りなく怪しかろう。

(後略)

 著者は、このあとも考えられる可能性を検討し、結局は待ち合わせの約束を反古にする。ところが、その夕方、別のホテルで再び二人に「発見」されてしまうのである。

1992年文藝春秋刊  林望著「ホルムヘッドの謎」から

 いい加減歩き疲れたころ、私たちはいつのまにか、アストリアというこれもまた古風な別の外人用ホテルの前に来ていた。約束の四時は、とっくに過ぎている。
 すこし安心したのと、疲れたのとで、私たちはこのホテルでお茶を飲んで休むことにした。十八世紀風の重厚な石造りのラウンジには、ロココ風の安楽なソファが配置され、静かな夕方の光の中で、熱いロシアティを飲んで、ほっと安堵のため息をついた。
 その時だった。
 私たちの背後に、いつのまにか誰かが立っていた。そうして、私たちの肩にそっと手を置くと、背後から声をかけた。
「約束は、どうした?」
 ぎょっとして、振り向くと、そこにはあの約束した二人のロシア人青年が立っていた。顔色がサァッと変わってゆくのが自分でも分った。見ると、K君の顔面も蒼白になっている。周章狼狽して、私たちはしどろもどろになりながら、それでも必死に言い訳を試みた。
「いや、それが、あれから僕の腰の具合が悪くなってね、約束の時間にいけなかった.....、そのォ、すまない....」
 これは、我ながらまずい言い訳だと自分で自分に呆れ返ったが、ほかに良い知恵も浮かばなかった。
「それにしちゃぁ、こんな所で元気にお茶なんか飲んでるじゃないか」
 年長の方が、怒りを押し殺すように暗い声で言い返した。それは、至極あたりまえな反論だったろう。
「いや、少し休んだらいくらか良くなったので、ここまで来てみたんだ。ホントだ」
 と、こんどはK君が口裏を合わせにかかったが、それはどうひいき目にみても説得力のない言い草だった。
「ふざけるな!俺たちはずっと待ってたんだぞ。約束はどうした、エ?』
 若い方が、怒気を露わにして、詰めよってきたので、私たちはこのぶざまな言い訳を諦めることにした。そうして、かくなる上は正直に理解を求めるに限ると決心して、いっそさっぱりと謝ることにしたのだった。
「すみませんでした。あれからいろいろ考えたのですが、ご承知のとおり、この国はわれわれ外国人にとっては、政治的にとかく難しい国です。だから、私たちは危険を冒すのをやめることにしたのです。私たちには果たさなければならない学術上の任務があります。だから、私たちの苦しい選択を、どうか理解して下さい。約束をすっぽかしたのは、たしかに申し訳なかったけれど...」
 そこまで言うと、私たちの言葉を遮るように年長の方が「わかった。残念ですが」と短く答え、くるりと踵をかえしてホテルの奥の方へ(原著は傍点)行ってしまった。
 私たちは砂を噛むような思いで、アストリア・ホテルを出た。結局、私たちの選択は正しかったのか、それとも誤っていたのか、ますます分らなくなった。

1992年文藝春秋刊  林望著「ホルムヘッドの謎」から

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2006/07/02

105円の本達:林望「ホルムヘッドの謎」

Ntzhayashinoholmhead_1         ホルムヘッドの謎
  林 望 (著)





ユーモアたっぶりの前2冊とは、やや趣きの異なった林望の3冊目です。
イギリスを扱ったコラムは相変らず、目の付けどころが「林望」なのですが、後半は日本の古典を考察していて、とっても理屈っぽい著者の一面を見せています。
異色なのは旧ソ連の旅行体験記。ユーモアは抑えられて、末期を迎えつつあったソ連社会の陰鬱な風景を描きだしています。

ホルムヘッドの謎
林 望 (著)

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