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2006/08/14

日本が危ない:「帝都復興せり」

458254410x09_pe00_ou09_scmzzzzzzz_ 帝都復興せり!―「建築の東京」を歩く1986‐1997






今回のご紹介するのは、ちょっぴり違った側面から太平洋戦争を見る一冊です。
太平洋戦争末期、米軍の無差別都市爆撃によって東京はほぼ壊滅しました。
当時の戦時国際法でさえ、軍事施設以外の都市に対する攻撃は違法とされていましたが、硫黄島・沖縄での上陸戦での甚大な被害に直面した米軍は日本国民の戦意喪失と戦争基盤の破壊のため、あえて都市爆撃を選択したと言います。
今に至もその犯罪が問われないのは、まさに「勝てば官軍」といったところでしょう。
住宅が散在する山手地区の被害こそ小さかったものの、住工混在の下町や湾岸工業地域が一面に焼け野原になった姿は、空襲の象徴的風景として今も記憶されています。

空襲により帝都・東京から、江戸以来の長屋や明治の煉瓦作りの街並が消失したと思われているのは、大変な誤解です。
昭和20年の空襲により消失したのは、アールデコ様式に飾られたモダン東京とも称すべき昭和初期の建築群なのです。

将軍のお膝元である城下町としての江戸の街並みは、明治維新後も煉瓦作りの西洋風の建築と混在しつつ長く残っていたと言われます。明治・大正と、江戸の都市基盤に鉄道など明治維新以降の新しい機能を追加したのが、帝都・東京の姿でした。

その「木に竹を継いだような」帝都・東京が壊滅したのは、大正12年関東大震災でした。地震に引き続き発生した火災により明治以来約半世紀の蓄積はほぼ完全に失われてしまったのです。

関東大震災からの復興は劇的でした。有名な後藤新平の指揮のもと、都市基盤から橋梁・道路・公園・建築などが総合的な計画のもと完成されていったのです。
時代は第一次大戦後のベル・エポック、世界中が平和を謳歌し、近代技術の進歩により国家や国民が急速に豊かになりつつある時代でした。
日清・日露戦争以来の連戦連勝で世界の一等国入りを自負していた日本にとっては、それに相応しい帝都建設は国民的コンセンサスであり願望であったのでしょう。

本書は、震災復興完成を記念して出版された写真集を元に、そのコンセプトや特徴を解説するとともに、半世紀後の状況を調査した野心的な著書です。
関東大震災後の帝都建設がいかに大掛かりで高い志のもと官民一体で行われたかがわかる貴重な一冊なのです。。

わずか20年後、空襲によりその多くが失われた建築群は「忘れられた帝都・東京」にほかなりません。

それにもまして衝撃的なのは、本書出版から20年も経ていない今日、当時わずかに残存していた建築がほぼ完全に消滅していまっていることです。大地震も戦争もないのに東京では古いだけですべてが失われていくことが、驚きであり悲しみでもあります。
欧米の都市が、その最も華やかだった時代の記憶を多くの建築物とともに何百年も留め続けるのと、なんと対照的なのでしょうか。
今、戦争が起きるなら、我々は何を失うのかを考える手がかりを、本書は与えてくれるように思われます。



Book 帝都復興せり!―「建築の東京」を歩く1986‐1997

著者:松葉 一清
販売元:朝日新聞社
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