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2006/08/12

日本が危ない:「靖国神社」

靖国神社

著者:大江 志乃夫
販売元:岩波書店
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太平洋戦争の意味を考える時、決して避けて通れないのが靖国神社である。
大日本帝国の敗戦とは、近代天皇制国家の消滅すなわち国家神道体制の消滅に他ならない。その国家神道体制の中心的装置が靖国神社なのである。

敗戦により解体された国家神道体制は、戦後60年の間に日本国民の記憶のなかから、見事なまでに完全に忘れ去られてしまった。
結果として、東京九段の靖国神社も、全国各地の護国神社も、そして町役場の敷地などに数多く残る忠魂碑などは、現代を生きる我々にとって特に何の意味も持たない存在になってしまっている。例えれば飛鳥時代の古墳や銅鐸などが考古学的興味以上の存在でないのと同様である。

昨今マスコミを賑わす靖国神社問題とは、中国を中心とする東南アジア各国からの戦犯参拝(崇拝)への非難を指すに過ぎないような誤解すら一般的であることに少なからず危惧を覚えるのである。

本書が発行された昭和末期には、まだ靖国神社=国家神道が戦前に果たししていた役割は、多くの国民に実感を伴って認識されていた。
靖国神社や忠魂碑などについての政教分離違反を問う裁判が多く争われていたし、自由民主党が繰り返し提出していた靖国神社国営化法案は与野党の重要対決法案であった。

戦後の保守長期政権は、敗戦に伴う国家神道体制=靖国神社を巡る問題の根本的解決を延々と先送りし続けてきた。より正確に表現するなら先送りせざるを得なかったのである。戦前の体制への回帰を目指す極右勢力はもちろん、太平洋戦争で戦死した軍人達の遺族からなる日本遺族会の多数の会員は保守政党の重要な支持基盤であった。一方で、戦災の被害者であった一般の国民の戦前体制への憎悪は強く、特に国民の精神生活を拘束し戦争協力を強制した国家神道への拒否反応は強烈であった。靖国神社はまさにその象徴であり、そこに手をつけることは一歩間違えば政権の崩壊を招きかねない危険な賭けであったからである。

政府の選択は、靖国神社について何もしないことであった。戦後、一宗教法人になった靖国神社に保護も与えず干渉もしない、それが選択であった。学校教育や政策でも、戦前の国家神道や靖国神社についての価値判断的要素のあるものは意図的に排除されてきた。
そして、戦後60年を経て国民からほぼすべての記憶が失われたのである。

さて、本書は日本国民が経験としても知識として失った「国家神道体制」を簡潔・明瞭に解説していて、その問題点の所在を学ぶのに最適な一冊である。
総理大臣の靖国神社公式参拝を機会として、数多くの出版がなされている。しかし、その多くは靖国神社と国家神道の仕組みや構造についての本質的な理解を欠いている半端なものである。特に戦後の靖国神社に関する裁判や事件の理解は、戦前の国家システムの理解なくして不可能だからである。

靖国神社問題の解決 = A級戦犯の分祀 と言う単純極まりない論理で、拙速な議論を行わないため、ぜひ一読いただきたい一冊である。

なお、この問題についてはすでに「靖国神社問題の本質」で6回にわたり詳しく論じたので併せてお読みいただければと思う。(「日本が危ない」カテゴリーを選択すると一括でお読みいただけます。)


靖国神社

著者:大江 志乃夫
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