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2006/08/21

日本が危ない:共謀罪は絶対に危ない4

戦後日本の崩壊
 「日本は平和な国であり、国民が幸せな国である。」戦後半世紀以上にわたって、多くの国民はそう考えてきたし、事実も概ねそうであったように思う。
 ここにきて、その「共同幻想」が崩壊の危機を迎えている。ほとんどの国民ははっきりとは認識していないが、優秀なる官僚群を中心とする為政者はそれを不可避なものとして明確に認知したに違いない。
 日本は戦後も、あの野口教授が鋭くも指摘した「1940年体制=国家総動員体制」による基盤的統治システムにより実にうまく運営されてきた。表面的には自由主義的資本主義体制であり、国民や企業に対する法的規制は最小限であるように見えながら、その実態は官僚がすべてを企画し統制する「最もうまく運営されている社会主義国家」とさえ指摘されることもある国家システムである。

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それが小泉構造改革の鬼っ子とも言うべき投資ファンドの自由闊達な活動や新興起業家の勃興により足下から崩れ始めたのに加え、年金制度や医療制度の破綻が明確になったことによって、そのシステムの崩壊を国民の目から隠しきれない状況になったと言えるだろう。
 ここ最近の急激ともいえる国家システムの根幹にかかわる新規立法ラッシュは、そのような状況判断抜きには理解することができない。
 公的年金制度を一元化するとともに、将来に向けて高負担・低給付をプログラム化した年金法改正。同じく医療負担を一方的に増加させる医療保健法改正。高福祉国家の象徴であった障害者福祉を切り捨てた自立支援法。増税の伏線としての財政危機の演出。三位一体改革と称する増税・福祉切り捨て改革など。どれ一つをとっても国民に不満を与えこそすれ、決して歓迎されることないものばかりである。
 国民が世界で最も優秀だと信頼してきた官僚システムが、実に頼りなく無能で無責任な存在であったかを、今や多くの国民がはっきり認識してしまったのである。
 真の民主主義国家であれば、そのような中長期的失政に対してさえ責任を負うのは政治である。どの政党に政治を任せるかを国民は選択することによって、その失政の責任を最終的には受容するのが民主主義の基本原理である。
 しかし、日本においては中長期的失政はもちろん短期的なものにさえ政治は責任を負おうとはしない。長く自由民主党が行ってきた政治とは、国家官僚群が企画立案した政策群を形式的に承認してきたに過ぎないのである。従って、何十年も前から明確であった年金制度が、いよいよ破綻することになっても、誰一人として責任を負わないのである。官僚とは個人ではなくシステムであり、議員も政党システムの一構成員にすぎない。その無責任への国民の怒りと失望は極めて大きい。
 そして国民の不満に対して、為政者としての国家官僚システム(霞ヶ関の各省庁からなる政策立案決定機構群)が決定した対応策は、不幸にして最悪なものなのである。

「不幸な国」の「不幸な犯罪」

 暴対法、非常事態法、盗聴法、組織犯罪防止法、前科者観察制度そして共謀罪新設など、一連の治安強化立法が、その答えである。
 国家官僚システムは、謙虚に過去の失政を反省し国民に謝罪と補償を行うのではなく、国民への抑圧と為政者への沈黙を求めることを決定したようである。
 政治や統治機構が、国民の信頼と信託により運営されている民主国家には、治安立法は不要である。統治機構に失政があれば、国民は合法的にその責任を追求し構成員の変更を行うことがルールだからである。
 統治機構の存在自体が最大の目的となり、国民が「国家の構成要素の一つ」になってしまうような国家においてのみ、統治機構と国民とに価値や意見の対立が生じるのであり、国民が優勢であれば革命が、統治機構が優勢であれば治安強化が図られるのである。そのような国家は「不幸な国家」である。
 日本が太平洋戦争の敗戦によって放棄したものこそ、そのような「不幸な国家」に他ならなかったのである。戦前、治安維持法に代表される網の目のような治安立法によって、国民は言論・行動はもちろん思想の自由までが徹底的に国家によって、統制されてきた。その網を一気に取り除いたのが敗戦であり、アメリカだったのである。
 戦後、独立を回復して以来の保守政権の課題の一つは、治安国家の再構築であったことは否定できない。公選制教育委員会制度の廃止・自治体警察の廃止と国家警察制度の再構築、公安条例の設置、青少年健全育成条例の設置など、戦前回帰を指向した制度改正が続いてきた。しかし、ここ10年ほどの加速ぶりは異常とも感じられるのである。
 統治機構=政府=官僚=政治家と国民が相互信頼を失った時、国家の不幸は始まる。統治機構が国民を監視し、健全な批判や具体的な活動を恐れ、任意に恣意的に国民を抑圧する社会は、不幸で不健全である。
 国民の行動や言動そして思想を、統治機構が常時監視する。統治機構が不適切を思うとき、自由に逮捕し犯罪者と認める。国民は、常に統治機構の考えを意識的に理解し、それに一致するように言動や思想を自主規制する。そんな国家は、到底民主国家とは呼べないのである。
 共謀罪が新設され、実際に運用されるようになれば、必ずしやその心配は現実になる。現在は裁判所の許可が必要な警察による盗聴が、共謀の事実の効率的な把握のために弾力運用できるようになる。盗聴による抽象的な通話記録が、重大な犯罪の証拠とされ、警察の協力者による密告が奨励される。共謀の事実を証明する唯一の証拠である「証言」は、プライバシー保護を名目に証言者の氏名も明らかにされず、非公開の法廷で証拠採用される。一旦、共謀罪により有罪とされれば、刑期満了後も再犯の怖れが高いとされ、ほぼ永久的に警察の保護観察下におかれる。国民は沈黙し、統治機構に対する統制は不可能になり、国民を不幸に導く国家の暴走が始まる。
 そんな最悪なシナリオを否定することが出来ない。だから、共謀罪新設に反対するのである。

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