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2006/10/09

日本が危ない:献策十講「防衛・外交政策」

戦後日本に外交はなく、独自の軍事防衛政策もなかった。そこにあったのは対米追従の基本方針だけである。戦後唯一、独自の政策判断をし実行したのは田中角栄だけである。対米追従を否定し、対中関係の改善を軸に極東・東南アジアの経済圏を構想した田中は、その志を果たすことなく(否むしろそれ故に)ロッキード疑獄により失脚したのである。ロッキード事件が米国の政治的謀略工作ではなかったのかと語られる理由はそこにある。以後、日本は再び対米追従に終始し、小泉内閣に至って、米国と総ての利害関係を一致させたがごとくである。 
自衛隊は軍隊ではないとの政府見解の詭弁が影をひそめ、正式に国防軍に「昇格」するのも時間の問題とも思える状況である。ある意味では戦後の虚構を抜け出す段階に到達したとも言えるものの、戦後60年の平和ボケした日本国民が考える以上にそれは重大な政策の転換である。
軍備を否定し平和国家を指向すると国際社会に宣言した憲法があってこそ、世界3位の強力な軍事力である自衛隊は、辛うじて周辺諸国の許容の範囲内にあった。平和憲法が放棄し、自衛の為とは言え軍備と戦争を是認する国家となったとき、対米追従以外に何ら独自の外交政策を行ってこなかった日本が、国際社会特に被占領国が多い東南アジア諸国から疑惑の眼差しで見られることはあまりに明白である。
何ゆえ固執しているのかはともかくとして、最近の日本政府の悲願になりつつある国連の常任理事国入りが一向に遅々として進まないのも、国際社会における独自の外交スタンスの確立を怠った「外交無策」ゆえに他ならない。

自衛隊を国連に信託せよ
日本が対米追従ではない独自の外交スタンスを確立することは、大前提として重要であるが、まずは自衛隊をあらゆる意味で侵略的指向を持たない言葉どおりの自衛力=防衛戦力に位置付けることは重要である。憲法への明記が残念ながら何の保障にもならないことは古今の歴史が証明する事実である。政権を担うものにとって、能動的かつ積極的に保有する戦力を運用することは、極めて魅力的であり対外政策を、より効果的に展開するうえで、実に魅力的な選択肢だからである。
日本政府及び日本国民にとって、あらゆる対外政策を行うにあたって「武力」「戦力」はいかなる意味においても考慮することができない「禁じられた選択肢」であった。まさにそれは「パンドラの箱」であり、明治国家が結果的に滅亡したのも「戦力による外交」の結果にほかならない。
もし、憲法を改正して自衛隊を軍隊に位置づけるなら、同時に自衛隊の指揮命令権並びに運用を国連に信託することは、最も有効な選択肢の一つである。国連憲章にあって未だに実現していない国連常備軍を、日本の自衛隊を母体として創設するのである。
自衛隊の運用を基本的には国連に信託しつつ、日本の領土が侵略された場合に限定して独自の指揮命令権を留保することで、日本の侵略国家化を危惧する周辺諸国の誤解を一掃できることは間違いない。
行税改革と財政赤字の解消が国家的急務とされている今日の日本にあって、巨額の予算を投じて強大な軍事力を維持整備することは非現実的なのである。旧ソ連が冷戦構造を外交的に解決できなかったがために、その巨額の軍事費ゆえに崩壊したことは記憶に新しい。国民生活を犠牲にしてまで軍事大国である必要は日本にはない。
国連常備軍の創設に積極的役割を果たすことで、国家間の軍事的緊張の緩和を現実的に可能とする手段を国連に与える。同時に自国の防衛を万全とすることも可能とする、自衛隊の国連への信託は画期的な選択である。国連常備軍の母体を提供した国を安全保障理事会の理事国に迎え入れることに反対があるはずもない。独自に運用する軍事力を放棄することで、窮極の安全を手に入れることこそ、戦後60年の平和を謳歌した日本の政策として相応しいのである。

不戦条約の締結による全方位外交への転換
最近の米国の外交政策は、世界の平和と発展を指向するより、自国の利益を優先することが目に余る。強大な国がその軍事力を背景に横暴となるとき、世界平和は重大な危機を迎えるに違いない。
あらゆる国にとって、自国の平和と発展はまず第一優先すべき国益である。現在の国際環境にあって対米追従は、日本の国益にとって唯一でもなければ最良でもない。
与野党勢力が拮抗していた一時期、全方位外交が指向された時期があった。実現することはなかったが、日本が平和でありつづけ独自の国益を確保するためには、外交政策の基本を対米追従から全方位外交へと転換すべきである。
具体的には、日米安全保障条約によってのみ形式的に確保されている日本の軍事的安全を、多国間あるいは複数の安全保障条約によるものに転換するべきである。日本周辺の多国間で協議する枠組みがない現状にあっては、周辺各国と個別に条約締結をすることが現実的である。
今や歴史の教科書でしか聞かなくなった条約の一つに「不戦条約」がある。第一次大戦後に多く締結された不戦条約は、国家間の紛争解決に戦争と言う手段を利用しないことを約する条約である。世界のあらゆる地域に多数締結されたにも関わらず、不戦条約は第二次世界大戦は防止できなかった。その理由は複雑だが、自衛戦争が一般に許容されたことや、内戦の形態をとる戦争に無力であったことなどが原因とされている。
今あえて、日本は21世紀的不戦条約を周辺各国と締結するべきである。対等な主権国家として相互に軍事力の行使を放棄する。相手国内の武力紛争に中立を保つ。紛争発生時には国連の仲裁に従う。その保障として査証や関税を免除する。など相手国ごとの状況を考慮した相互にメリットのある条約を周辺各国と個別に締結することが、日本の安全を多角的に守る手段となるに違いない。
今、日本が一番恐れるべきは、日本の国益を犠牲にして、米国の国益のための「捨て駒」にされることである。現在の対米追従外交は日本を不幸にする可能性が高い。それならむしろハワイ州に次ぐ第51番目の州になったほうが日本にとって有益である。そうすれば「日本の国益」は、各州の利益の集合体である「米国の国益」に外ならなくなるし、外貨を稼ぐ能力の高い有力な州を「捨て駒」になど出来ないのだから。

第二次世界大戦の敗戦は、日本と日本国民の心を徹底的に破壊したに違いない。戦前「アジアの盟主」を自認すらした日本国民は、国際社会そして国家としての日本を考えることをも放棄してしまった。皮肉なことにその国際社会への政治的無関心は、戦前以上の経済的成功を日本にもたらした。
ここで、国家としての日本を国民に考えさせるのであれば、戦前の失敗した国家モデルと異なる全く新しく魅力的な国家像の提示が必要である。それは先見性があり幅広い視野を持つ優れた政治家のみが可能なことである。安倍晋三氏にその力量があるかは未だ不明である。

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コメント

正気ですか?自衛隊を国連に委託するということは、安保理の常任理事国5国に日本を守る権限を任せるというのと同義です。もし仮に、中国・ロシアが日本に侵攻しても、安保理で拒否権を使用されれば日本国民は自身すら守れないことになります。チェチェンやウイグル・チベットで何が行われているのか、あなたは知らないのですか?

投稿: kuma | 2007/07/19 21:25

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