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2006/10/22

日本が危ない:献策十講「産業経済政策」

政治と産業
政治と経済は不可分で密接な関係にある。抽象的ではなく、至って現実的で実利的な意味でである。
現代的な意味で市場経済が誕生し、商品の生産者を含む商業システムが政治と密接に関係を持つようになったのは古く室町・戦国時代まで遡るようである。政治的には存在感が薄い室町時代は、経済的大躍進期であったと司馬遼太郎は言う。教科書にも載る織田信長の「楽市・楽座」は旧体制下の経済システムを破壊し新興商人層を保護育成した政策の総称であり、織田・豊臣政権の基盤は、その新興商人の生み出す富に支えられていた。

徳川幕藩体制はその延長線上にあって、問屋や職業別組合など、実に多様な産業システムが、幕府の公認する経済的特権の代替に納付する金銭を基盤に成立していたと言っても良い。

明治政権も、倒幕運動時から支持を受けていた大阪堺の商人達の支援なくして成立しなかったはずである。結果、明治維新は江戸幕府を支えてきた回船問屋や札指しなど旧来の経済人を没落させる一方で、三菱など新興経済人を隆盛を生み出すこととなった。

明治維新以後、太平洋大戦の敗戦まで、日本の基調は経高政低であった。政治・行政は経済界の意向を受けて内政外交を行ってきた感がある。国民から集めた税金を使って西欧から技術導入をし新産業を育成し、軌道に乗ったあとに民間企業に売却するなどはその典型である。

それが逆転したのが、太平洋戦争を目前に控えた国家総動員体制の確立であった。超整理法などで有名な野口悠紀雄氏が「1940年体制」と名付けた軍事政治優先の官僚統制体制である。初期資本主義の原理原則のまま、政治権力も利用して自由闊達に利益優先の経済活動を行ってきた産業界を、戦争遂行のための国家目的に従属させた緻密で巧みな統制システムである。詳細は同氏の「1940年体制 さらば「戦時経済」」(東洋経済新報社1995年)に譲るが、経済界を業種別団体に編成し、個別法によって活動を統制するとともに企業間の競争を抑制し、また新規参入を抑制する。一方で補助金を交付し企業全体の利益を保護する仕組みである。

同氏によれば、その仕組みは敗戦後も温存され、戦後の高度経済成長を生み出す原動力となったと言う。当初は日本の復興を国家官僚群が総合的に企画立案し、法律で政治的に位置付ける。それを国・地方の奨励的補助金によって実施する。必要なら産業界に替わって投資的に施設を建設し研究や実験も行う。別名「日本株式会社」システムの基幹は、戦前に確立されていたのである。

時代の転換
このような政治と経済の過度に密接な関係が戦後長く日本の特徴であった。小泉政権誕生まで、経済の好況不況は単純に企業の問題ではなく、常に優先順位の高い政治的問題であり続けた。経済界に自主独立の気風は乏しく、官僚群には経済運営に対する使命感のようなものがあった。

従って、戦後半世紀を経て制度疲弊が顕在化しつつあった平成不況に対しても、政治そして官僚は無関心でいることは出来ず、多額の税金を投入して全面的に産業界を支える選択をしたのである。

江戸時代末期、開国に伴う経済的混乱期にあって幕府が多額の借金を抱えつつも経済的支援を既存商人に与えたのに類似しているとも言える。その結末は幕府の崩壊と新興商人に支えられた明治政府の成立であった。

その意味で、小泉政権の誕生とその経済政策は、時代の転換を予感させるに充分であった。政治的支持基盤を財界の主流にほとんど持たないという小泉首相の希有な特徴が、戦後初めて既存産業界の意向を考慮せずに政策を立案できるという状況を生み出した。首相の経済政策を全面的に立案コーディネイトした竹中氏の選択は、既存産業の既得権の否定と新興勢力の育成であった。既得権に安住し既存政策により保護されて生き延びた企業を無慈悲なまでに見離して倒産させ、起業家精神にあふれた荒々しくてギラギラした新興勢力を自由に活動させたのである。結果として、わずか5年で日本経済は復興の糸口を掴むことができた。

小泉・竹中路線への批判非難は、既得権を有する財界からのものが多かった。インターネットを中心とする新しいコミュニケーション手段が誕生していたことは、小泉政権の真意が国民に理解支持されるうえで必要不可欠であったと言うこともできるであろう。既存のマスコミも既存勢力の一翼であり、マスコミ報道のみからは、小泉政権の政策の本質が国民に広く理解されることは難しかったに違いないからである。
大手銀行への公的資金投入や国営化売却など並行して行われた政策の多くは、既存財界と連携した大蔵官僚群が立案実施したものであり、政治的妥協の産物にほかならない。

既存財界勢力は根強く政界や官僚に影響力を未だ保持していて、その政治的巻き返しもここ最近目立っている。安倍政権が小泉路線を継承できるかは、ここ暫くが正念場なのである。

戦後の経済政治システム
産業経済政策を論じる前提は以上のとおりであるが、結論は1940年体制の解体、言い換えれば政経複合体の徹底的解体をせよと言うことである。

軍需産業と軍官僚そして政界が複合体を構成し、国民全体の利益を損なっていると看過したミルズの古典的名著「パワーエリート」がある。同様に日本の経済界と国家官僚群の選択が、国民全体の利益ではなく、特定産業界の利益を最大化するものである可能性は小さくない。

戦後日本の産業政策とは、どの産業を育成し、その産業を消滅させるかを、自由市場に任せることなく、すべて国家官僚群が設計したとおりに誘導することにあった。
世界各国を調査して芽生えさせるべき産業の芽があれば、国家プロジェクトとして研究投資して「育種」する。無事に新産業の芽が出れば、手厚く補助金を交付して大切に育てて、規制法によって外国の先進企業が参入することを防ぐ。軌道に乗れば、無秩序な新規参入によって過当競争など起きないよう規制法によって統制する。衰退が不可避となれば、再び手厚く補助金や税制によって保護して、企業や労働者がダメージを受けないよう調整する。農林水産業・工業・商業などあらゆる産業分野において、そのような保護育成策が実施されてきた。
結果として、日本産業は多くの分野で世界に対抗できるものに確かに育った。一方で巨額の財政赤字も生じることとなった。誤解されていることだが、今日の財政赤字の原因の大部分は、無駄な公共事業でも、ましてや社会保障費や防衛費にあったのでもない。日本経済の復興と発展維持のために投入された(現に今も投入され続けている)産業界への補助金がその最大の原因に他ならない。言い換えるなら、ごく普通の国民が働いて納めた税金に、国が借金を上乗せして、企業に補助金を交付しているのが、日本の財政構造なのである。国と企業の関係で見ると、企業の収支は黒字である。納める税金より交付される補助金と公共事業による利益のほうが大きい。一方で国民にとって、収支は大きな赤字である。納めた税金に見合った公共サービスは不幸なことに国民に提供されていないのである。実に不合理なことである。

自由経済へ
過剰な資本主義、企業優先主義は明治時代の特徴である。その反省と反動が大正時代、大正デモクラシーの原点にある。初期資本主義に特徴的な人間軽視・人権軽視を是正して、個人の権利と幸福を確保することの必要性が社会的に認識された時代である。その現実的担い手は、皮肉にも明治時代に高等教育を受けた国家若手官僚と軍官僚であった。「革新官僚」と呼ばれた彼らは大正末から昭和初期に典型的資本主義国であった日本で、社会主義的・福祉国家的な新政策を立案し実行している。都市計画・公営住宅の建設・医療保険・年金制度など戦後日本が一貫して充実させた政策のほとんどが、この時期に始められている。社会的出身階層によらず個人の能力のみによって地位を得ることが可能であった官僚と軍において、社会的弱者の問題を身をもって体験し真剣に考える人材が台頭した結果である。安倍首相の母方の祖父である岸元首相も、戦前の革新官僚の代表的人物なのである。
革新官僚が生み出し導入した政策が、国家総動員体制をもって完成したのは歴史的皮肉である。自由経済を謳歌した企業を統制する権限を持ったことで、いつのまにか官僚は「国民」ではなく企業の利益を第一に考える責任を負ってしまったのである。

まだ弱々しいものの日本経済が再生の道を歩み始めた今、あえて政治は戦後一貫した政策であった、保護育成策を放棄すべきである。

小泉政権の5年間によって、政治家が官僚依存から脱却し独自に政策を考え実施する環境が整いつつある。官僚システムを分断し、有能なスタッフを独立して組織化できるのであれば、産業経済政策も大転換が可能である。
政治は、国民すべての利益のためにあるべきである。一部の産業や財界人のために政治が行われていることに、国民の多くが気付いたのがこの5年間である。
財界の利益を政策化する国家官僚、国家官僚に依存して政策を運営してきた政治家達。国民総てが1票を持つのに、国民一人ひとりを考えなくても政権党でありつづけることが出来る政治システムのトリックが明らかになってしまったのである。

既存財界の組織を基盤として政権を維持してきたのが自由民主党である。
財界の利益を最優先させる産業経済政策を放棄し、経済からの独立・中立を確立できるかが問われている。

経済運営や産業政策から政治は手を引くべき時代である。基本的には企業の自由に任せることで良しとすべきである。「神の見えざる手」は健在であると信じなければならない。明治時代のように企業が自由に自己責任に活動することで、経済は充分に発展充実すべきなのである。そして、企業が国民の利益を犠牲にすることないよう政治は監視を怠らなければ良いのである。

時代は複雑である。企業は、もはや国家の枠を超え国際経済のなかにある。政治権力と企業との好ましい関係は未だ明確でない。アメリカのそれは企業の利益に偏りすぎていて、国民や他国の犠牲が大き過ぎる。社会主義国のそれは企業と国家の境界があいまいで、自由経済体制であることを否定しない日本には馴染まない。ここで、その理想像を安易に提示するのは不適当であろう。

はっきりしているのは、国家すなわち政治は「企業の守護者」であってはならないのである。すなわち、政治の本質は一人ひとりの国民の幸福が最大の目的であることを忘れてはならないのであり、企業との関係において「国民の守護者」でなくてはならないことである。

最後に具体的な政策提言は次のとおりである。

1 業界団体等への各種補助金制度の全廃

2 業界並びに業界団体への個別法令による規制の撤廃

3 税制・補助金による企業保護政策の放棄

4 内部留保を含む企業利益への適正課税

5 産業育成策の重点化と透明化

6 企業活動から国民を保護するための統一法の制定

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