« 日本が危ない:献策十講「文化・学術振興」 | トップページ | 日本が危ない:献策十講「自由・権利そして民主主義」 »

2006/10/25

日本が危ない:献策十講「公共事業改革」

献策十講もようやく第八講である。
周到な準備なく書き始めてしまったため、テーマの大きさや内容の深さがまちまちになってしまい反省することが多い。機会があれば改めて書き直したいと考える今日この頃である。

さて、今回は公共事業を論じてみたい。
財政赤字の最大の原因にして、諸悪の根源のごとく扱われることが多い公共事業だが、その本来果たした役割を思うと、いかにも20世紀的な政策そのものである。
日本における公共事業が、大きく変質したのはかねて指摘されているとおり田中内閣の列島改造ブームからである。公共事業だけではなく、大所高所から国の未来を案じ、遠く将来を見据えた政策を決定するべき国会議員も、その時期変質した。ごく限られた地域(選挙区)の近視眼的経済的利益の確保に血眼になる今に続く国会議員像はこの時期確立したように思う。
戦後、貧しかった日本にとって国費を地元に利益誘導する余裕などなかったことは間違いない。なけなしの財政資金は戦災復興と災害防止の為の不可欠な費用へと消えて行った。戦地から復員した国民の生活を支えたのは、国や地方が政策的に実施していった公共事業にほかならない。その役割を支えたのは戦前からほぼ無傷で温存された国家官僚機構だった。貧しい財源は、その後の経済発展を見据えた基幹産業の再建や国土整備、臨時的な雇用創出事業に巧みに且つ公平に配分された。その基本的な仕組みは、以前にも言及したとおり国家総動員体制が確立した政経連携システムそのものであった。
当時、公共事業は国民生活に不可欠であったし、その全ては有益であった。公共事業により戦争中に荒れ果てた山林や耕地は整備され、市街地は復興していったのである。国内産業の疲弊と失業者を公共事業は確実に救済していたのである。

公共事業の変質
田中内閣の最大の罪は、戦災復興が一段落し高度成長期を迎えた日本において、その財政的余裕を利権化したことにある。経済成長による財政規模の拡大と税収の改善は、租税負担の軽減などの形で広く国民に還元されることなく、余剰の公共事業の形で分配されたのである。確かに当時の国民にとって、道路が舗装され、港湾が整備され、高速道路が延長され、多くの公共施設が建設されることは、日本が敗戦を克服し、世界の一流国に近づくことが実感できることだったに違いない。特に大都市に比較して整備が遅れていた地方都市や農村部にとって、公共事業によって整備が進むことは悲願であったに違いない。その利益誘導を国政においてシステム化したのが田中内閣である。国会議員が、潤沢な国費に裏付けられた公共事業を、いかに地元選挙区に多く誘導することができるかで、評価されるようになったのである。地元産業の組織票を基盤として国会議員が選出され、地元産業を潤す公共事業を引っ張ってくる。与党であり有力派閥に属していることが、その前提であり有力派閥はますます力を持つ。国の財政が政治闘争の道具となったのである。大小の派閥の集合体である自由民主党は、国の財政資金の配分の権限を握ったことで、国費によって政権基盤を盤石にし、全国津々浦々に影響を与えることが可能となったのである。結果として、国家財政は限りなく拡大し、国債と言う借金を続けながら、支持基盤としての産業界に公共事業を配分しつづけているのが、日本の現状に外ならない。

公共事業を本来の姿に
純粋に国政を論じ、政策を立案実行するのに大した費用は必要ない。全国各地から、それぞれの利益を代表する国民を集めて、論じ決すれば良いからである。国防を論じ、外交を論じ、産業政策を検討し、教育政策を決する。それに必要な経費を見積もり、予算として決する。ただ、それだけである。国土交通省に代表される巨額の公共事業の実施場所や時期を決することは、本来、国政の担当分野ではない。それは政治的課題ではなく、純粋に技術的課題であるべきである。大規模公共事業の代表である高速道路や新幹線の整備は、将来の産業ビジョンや地域像が明確化されるなら、まったく技術的に場所も規模も経済的必然性から決定されうるものである。ましてや、河川整備やダム建設など、気象学的必然から場所も規模も決定されざるを得ないはずだからである。
しかし、公共事業や公共投資は確かに必要である。国民一人ひとりや地方自治体では賄いきれない大規模で高価な事業は確かに存在する。それを否定し、地域や個人の責任にすることは、不可能であり不適当だと言わざるを得ない。国富は必要に応じて適切に分配されるべきだからである。

無駄のない効率的な公共事業へ
財政基盤が極めて脆弱で、公共事業など到底実施の余地のなかった江戸幕府。その公共事業実施方法は、大いに参考となる。
一つは、各藩への普請割当である。例えば首都整備とも言うべき掘割の掘削や港湾整備、河川整備など、公的主体のだれかが実施しなければならない公共事業が必要となったとする。幕府は自らの財源により直轄で実施することはしない。一定のルールに従い各藩に割当てそれを行わせたのである。一見すると専制的であるようだが、実は不用不急の無駄な事業を抑制するのに実に効果的な方法である。何を行うかを決定するのは幕府ではない。細かな方法を省略するが実質的には各藩が合議によって決定するのである。各藩は、もしかしたら自身が普請を命じられるかもしれないと考えて、必要にして最小の事業のみを事業決定する。普請を命じられた藩は、その費用はどこからも補填されない。完全な持ち出しである。従って、工法を工夫し経費を節減することに熱心にならざるを得ない。しかも、手抜きなどすれば藩の存亡に関わるだけに真剣である。官民が協力して普請工事を完成させることは至上命令にほかならないのである。
他人の「金」で事業を行い、地元企業が潤う現在の公共事業との本質的違いがそこにある。
道州制導入はともかくとして、地域に対して責任を負う地方公共団体が合議によって公共事業の内容と優先順位と自主的に決定し、自らの直接的負担のみによって事業実施を行う体制が確立できるなら、今日の公共事業の問題の多くは直ちに解決できるに違いない。もちろん、前技術的必然によらない各種の思惑や圧力が完全に排除できることが、当然の前提ではある。
もう一つは、ここ最近になって注目されているPFI方式による事業である。実は徳川幕府はほぼ同様の方式により数多くの公共事業をおこなった先駆者である。
例えば玉川上水がある。江戸の増大する水需要を一気に解決した長大な用水路の建設は、一民間人の手で実施され、一円の「税金」も使っていない。工事を請け負ったのは有名な玉川兄弟である。形式としては、玉川兄弟が用水掘削を幕府に願いでて許可されたことになっている。その代金は、用水使用料を玉川氏が末代まで独占的に徴収してよいとする幕府の約束である(その約束は幕府崩壊まで守られた。)。発想も形態も現代のPFIそのものである。幕府は、橋梁などの都市施設整備、通船、警察、林野管理など、あらゆる分野でこの「請負」形式で多くの公共事業を財政負担なしに巧みに実施していたのである。
PFIは、ごく最近になってイギリスで再発見されたと言っても良い。
日本で実施されているPFIは、現行の公共事業方式により利益を得ている官民の思惑でその本来のメリットが失われた不自然なものである。
公共事業が、国民が共通で必要とする合理的なものであるなら、決して長期的な事業収支が均衡しないことはあり得ない。公共事業とは、必ず収支が合うものなのである。公共事業が長期的に赤字を生み出すのは、事業実施の段階で不当に利益を得ている者がいる証拠にほかならない。
公平且つ合理的に公共事業が計画され決定されるなら、利用料金による初期費用の長期的回収を前提として、民間事業者によって税金を全く使わず事業は実施可能であることは良く認識されるべきである。
そして、公共事業はその規模に応じて、直接に利害がある段階の公的主体により実施されるべきである。
地域の産業振興に必要な道路は、地域がその責任で整備する。当然のことが、当然に行われる。それが公共事業改革の本質なのである。

|

« 日本が危ない:献策十講「文化・学術振興」 | トップページ | 日本が危ない:献策十講「自由・権利そして民主主義」 »

コメント

日本が危ない!!。。。大変なことです、、失業者0の時のエンゲル係数を確保することです。そうしなげれば解決しません(自給率を上げ食料の価値観を早く家計費の割合で上げてゆくことです)。失業者を農業界に吸収し起業率をあげることによって解決してゆくようです。そうしなければハイパーインフレで解決しかありません。

投稿: 庄子精一 | 2007/01/26 16:03

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/46036/3804074

この記事へのトラックバック一覧です: 日本が危ない:献策十講「公共事業改革」:

» 街づくりと「市民」形成 [地域経営の話題【都市圏×地方圏→交流】]
昨日、本日と、お聞きした、”街づくり”についての講義から感じたことで、私の常日頃からの問題意識が少し、アイデアに結びつきそうな話題を3つ記録します。 (1)松本大地さん(株式会社 丹青社SCマーケティング研究所所長)の講義から 松本さん曰わく、ご自身の仕事は”空間創造”だと。キーワードは、「人と街の新しいリンケージ」。 商業施設は、”地域共生型商業施設”として”、人づくり”、”街づくり”の救世主になる!というコンセプトで、お仕事をされている。 ”まちづくり”と”街づくり”という言葉があり... [続きを読む]

受信: 2006/10/26 14:42

» あらためてPFIとは そして実績と展望 [ひょうごPFI協会・PPP/パブリックビジネス]
PFIとは 1999年に施行された「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促... [続きを読む]

受信: 2007/03/14 01:01

» あらためてPFIとは そして実績と展望 [ひょうごPFI協会・PPP/パブリックビジネス]
PFIとは 1999年に施行された「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促... [続きを読む]

受信: 2007/06/08 23:00

« 日本が危ない:献策十講「文化・学術振興」 | トップページ | 日本が危ない:献策十講「自由・権利そして民主主義」 »