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2006/11/06

BraveLife:本田美奈子.あれから一年

wish(DVD付)

あれから一年。
生きるということを初めて真剣に考えた一年。
人はなぜ生きるのか。生きることに意味はあるのか。どう生きることが幸せなのか。後悔しない生き方とは。

一人のアーティストの死は、つぎつぎと考えるテーマを生みだしていく。

最終的な結論はまだでない。ただ、だれか他人に評価されてこそ「人生」に意味があるように思う。

古くローマ時代、最大の刑罰は死刑ではなかった。その人物の一切の記録を抹消することが最も厳しい刑であった。
善良なローマ市民は、自らの人生を記録し残した。子孫や将来の市民が、永遠に自らとその人生を記憶して、讃え、懐かしんでくれることを心から望んだ。

生きることの意味を知ることは、哲学や宗教の領域にある。
自らが死を迎える時、後悔だけはしたくないと思う。

時は偉大だ。限りなく深い悲しみを確実に過去のものとしていく。
わずか一年でも、傷みが大きく和らいだことを感じる。
その死の衝撃を思いだすために、昨年末に書いた追悼文を掲載しておこうと思う。

来年、彼女の死はさらに少し遠くなるのだろうか?

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 追悼 本田美奈子
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2005年11月6日 本田美奈子 逝去。
まだ38才の若さだった。

遠い昔の恋人、遠い国で活躍していると聞いていた懐かしい人の突然の不幸を知らされたような、なんともいえない悲しみ。まだ38才の若さだった。
その無念を思うとき、どうしようもない、やり場のない悲しみを感じる。

彼女にとって、デビュー以来の20年は努力と挑戦の日々だった。
アイドルとして、ミュージカルスターとして、そしてクラシック歌手として。

彼女の将来には、未だ誰もなしえなかった素晴らしき成果があったに違いない。
彼女が自分で納得できるだけの結果をなし得なかったことが悲しい。
そして、多くの人に感動を与えたに違いないそれが永遠に失われたことが悲しい。
彼女が最後まで、生きることの努力を続けたことを知ることで、悲しみは一層深まる。

しかし、彼女の20年間の足跡が、
常人をして一生かかっても成し遂げられないほど素晴らしいものであったことが、
わずかにその悲しみを和らげてくれる。

80年代のアイドルのレコードやビデオの、ほとんど全てが廃盤となった今も、
彼女の素晴らしき楽曲のほとんどが販売されつづけている。

ミュージカルスター、そしてクラシック歌手、本田美奈子にとって、
アイドル時代は、決して過去のものでもなく、未熟な通過地点でさえなかったに違いない。
常に、その時々で自分のベストを尽くしてきた彼女にとって、
過去に後悔などなく、過去に成し得たことは、すべてはその時点での自らの到達点を示す、貴重な記念碑であったに違いない。

そんな彼女だからこそ、永遠に失われてしまった未来を嘆くより、
その20年に彼女が生み出した素晴らしき成果に、最大限の賞賛を送りたい。

今もDVDの鮮明な画像で楽しめるアイドル時代。
そのステージは、アイドルがアイドルであることを求められる時代にあって、
今見てもその完成度の高さに驚かされる。
抜群の歌唱力、ダイナミックでリズミカルなダンス。
今のミュージシャンが失った無垢な笑顔も眩しい。
武道館でのファーストコンサート。コーラスをつけず、バックダンサーもいない広いステージに、
心から楽しみ、ファンを楽しませるプロのミュージシャンの姿が既にある。
3年目、ロック色を強めたステージ。
「セクシーなアイドル本田美奈子」のレッテルが消え去った今、
改めて見るとどんなロックミュージシャンにも勝るとも劣らない素晴らしいステージ。
21世紀の今、アイドルはもちろんニューミュージック系のアーティストでさえ、
これだけのステージを行えるのは、ほんの数えるほどしかいない。

若い女性が音楽の才能を示すにはアイドルでなければならなかった80年代。
アイドルの枠に収まりきらない自らの才能と可能性に苦悩する、
早く生まれすぎたアーティストがここにいる。

アイドルの副業程度に思われたミュージカルへの転身。
アイドルとしての活動を一切休止して、発声法すら一から学びなおした真剣な挑戦であった。
生まれながらの優れた表現力に磨きをかけ、他の役者に一歩も劣ることのない素晴らしい演技。
彼女にとっての歌の意味を大きく広げた挑戦は、日本におけるミュージカルの位置づけを、
より多くの人に楽しめるものへと、明らかに変化させた。
彼女なくして、今の日本語ミュージカルの人気はなかったと断言できる。

彼女の90年代は、ミュージカルとともにあった。
彼女が新たな才能と可能性に挑戦しつづけた、第2ステージである。
代表作「ミスサイゴン」をはじめ彼女の舞台は残念ながらDVD化されていない。
その素晴らしい姿をもう一度見てみたい。

世間ではなぜと思われたクラシックへの再度の転身。
ミュージカルスターとして確かな位置を築いてきた彼女にとって、
歌そのものの魅力への追求の当然の帰結だったのだろう。
ミュージカルスターとして、その役を完璧に演じれば演じるほど、
与えられた言葉と与えられた感情しか許されないことに、もどかしさを感じたに違いない。
彼女にとって、ジャズであれボサノバであれあらゆるジャンルの歌唱を選択出来たはずである。
母国語である日本語で自由な歌唱ができるクラシック、
自分自身の言葉で、自分自身の心を伝えられることの魅力、れが彼女の選択だったのだろう。彼女自身が作詞した磨かれた一語一句には、彼女の心とメッセージが込められている。
残された2枚のアルバムの彼女の歌声の完成度は驚くほど高い。
澄みとおった繊細の歌声。
わずかな単語しか音律に乗せることのできない日本語の限界を感じさせない豊かな表現。
独自の閉鎖された世界にいる日本のクラシック界に、
新たな衝撃を与えるに十分すぎる彼女の歌声は、あまりに美しい。

彼女にとって、新たな歌の世界への挑戦は、自分自身への可能性への挑戦であると同時に、
彼女が愛する歌の魅力を、より多くの人々に知ってほしいとの願いからのものであったのだろう。
「元アイドル歌手・本田美奈子が」挑戦することで、
確実に新しい歌の世界に興味を持つ人々が増えた。
ミュージカル、クラシックいずれもすばらしい歌の世界でありながら、
多くの人には無縁であることが、彼女の挑戦の動機であったのに違いない。

限りなく挑戦を続ける彼女が到達できたであろうことを思うと、
心から残念で、彼女の無念を思わずにはいられない。
しかし、わずか20年で彼女が成し遂げたことは驚くほど大きい。
その感動は、その想いを継ぐものを生み、新たな素晴らしき歌の世界が開かれていくに違いない。
彼女の生み出したものに、惜しみない賞賛を送ることで、せめてもの慰みとしたい。

彼女には永遠の眠りは似合わない。
生まれ変わってほしいと心から願う。
彼女の才能は、21世紀の今でこそもっと大きく花開くに違いないのだから。


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