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2007/02/25

政策対話編:続続続・税制改革について

1回空きましたね?

この原稿は、ブログにアップする前にもう一度読み直してます。今回分の重要な部分である国債について、大前研一氏のコラムに気になる指摘があったので確認していました。

勢いで書いているので、そんなこともありますよね。

どこまで確認するべきかは難しいですね。統計資料などを読み込むのは時間がかかりますし、数値の引用は説得力はありますが、読者の多くは興味がないでしょうし。

では、そろそろ本題にまいりましょう。
前回は、いわゆる団塊世代が保守化して、新自由主義的税制改革の支持者になっていることなどをお話ししました。
理想的な税制度についての話に入る前に、税制論議の際に必ず出てくる財政赤字の問題について簡単に確認しておく必要があるように思われます。
巨額の財政赤字を解消するため、増税は不可避との意見についてはどうですか。

この点は献策十講でも簡単に触れたところですが、ある意味で大変な誤解があるように思います。
財政赤字とは、地方公共団体を含む国などの公共団体が借金をしていると言うことです。
政府が行政を行うのに必要なお金が足りない。その不足額を債権、すなわち国債や地方債として借金している状態を、財政赤字と言うのです。
重要なのは、財政赤字はあくまで国内経済の問題であって、国際収支は大幅な黒字であることです。
国際収支が黒字であるということは、基本的には外国から借金をしているわけではないと言うことです。言い換えれば、政府があくまで国内の企業や個人から借金しているのであって、いざとなれば(決してあってはいけないことですが)国内限りで借金が帳消しできるということなのです。
財政赤字が原因で国が「倒産」すれば(現実にはあり得ないことですが)、困るのは外国政府ではなく、国内金融機関などだということです。これは、財政赤字の本質を見抜くうえで非常に重要なことです。

国が行政を行う経費を、誰から調達しているかということでしょうか? 国内産業が未発展であったり衰退してしまえば、国内企業や個人から税金も徴収できないですからね。

20世紀に入って福祉国家論が優勢になったことで、行政に要する経費は増大する一方です。国内産業を育成するなどして国全体を豊かにする。その範囲内で税金を徴収し、公共事業や施策によって広く国民に還元するのが、あくまで基本なのです。
国内企業や国民が生み出す富以上のものを、政府が支出してはいけないわけです。
それでも、社会的な必要や政府の無節操から、分不相応の財政支出をする場合も歴史的には皆無とは言えません。そのような必要があって、しかも国が本当に貧乏な時には、外債を発行して外国から借金するしかないのです。もっとも、最近は管理通貨制度が一般的で印刷機だけあれば貨幣は政府の意志ひとつで、いくらでも増刷できるのは事実なのですが、原則はあくまで他国から借金をするのです。
明治維新直後の新政府がそうでした。徳川幕府を倒して成立した明治新政府は貧乏でした。革命政権の宿命として、新たな政府は少なくても前の政府より良くなくてはなりません。明治政府は、文明開化という形で日本を近代化することで、それを国民に示そうとしました。しかし、その財政基盤は脆弱で、鉄道敷設や軍備などの近代化に必要な資金が国内では調達できなかったのです。

国家財政が破綻した例は多いですね。国家が破綻するとどうなるのですか?

ここ数十年の例でも、メキシコなど中南米諸国を中心に国際収支の赤字が膨大になった先例は少なくありません。最近の例では、アジア金融危機と呼ばれた韓国を含む東南アジア諸国の例があります。
外国から借金をした場合には、その借金が返せなくなることは、場合によっては国の存亡にも係わる重大な問題となります。極端な場合には国民の生活までを債権国に管理され、国家の責任で借金返済を義務づけられることになるのです。
とは言っても、あまり追いつめて「逆ギレ」されて戦争になってもいけません。
そこまでいかなくても、クーデターで政府が倒れて借金が踏み倒されないとも限らないわけです。従って、債権国としても膨大な債権の一部を放棄したうえで、長期返済とすることが一般的だと言えるでしょう。
このあたりは、莫大な借金を背負った芸能人が、仕事を干されることもなくあんがい普通に生活しているのに似ています。
あまり追いつめて自己破産をしたり自殺されたりすれば、元利とも回収が困難になるからです。たとえ長期間がかかっても、日々の仕事から利息と元金の一部を回収することが合理的だからです。
いずれにしろ、国家が他国から借金をしている場合、その返済は国際社会の一員としての厳しい責任の下にあると言って良いでしょう。

明治政府も大変な苦労をして、外債を償還したようですね。

そうです。借金のカタに国が滅びかねない時代でした。江戸幕府が、あのような形で瓦解したのも、攘夷運動などによる外国人傷害事件に関する欧米列強への莫大な賠償金が原因だとの説さえあるほどです。
明治政府はヨーロッパで起債して、文明開化に必要な資金のほとんどを自ら調達しました。中国の先例などに学んだその徹底ぶりは評価に値します。
好例として新橋〜横浜間の鉄道建設があります。イギリスなどから無償建設の申し入れがありましたが、政府は断固として拒絶しましたが実に賢明な判断でした。
もし、そのとき外国が建設をしていたならば、鉄道そのものの所有権はもちろんのこと、その敷地や沿線が治外法権になって、実質上外国領となった可能性は極めて高かったからです。当時のそのようなことは一般的でしたし、現に日本自身が中国・満州で同様の権益を後に獲得することになります。

その賢明な選択の結果、日本の独立は確保され近代化は成功しました。しかし、地租改正によって国民から徴収した税金の相当額が外債の返済にあてられ、長く政府の財政を圧迫しつづけました。すべての元金を償還できたのは、はるか後の日清戦争の賠償金によってであったと言われています。

財政赤字と言えば徳川幕府も常に赤字だったようですね。鎖国体制ですから、もちろん借金は国内の商人達からだったわけですが、その面では現在の日本の財政赤字に通じるものがあるように思われますが。

江戸幕府の財政は、その300年近い間、常に赤字続きでした。ご存じのとおり、徳川幕府は武家政権です。武家政権には多数の兵士すなわち武士がいます。他の武将と戦争をして占領する。その領地や年貢を武士達に分配する。基本的にはそういう構造なわけです。
つまり、どこかを侵略して領土を増やさなければなりたたない構造なのです。
徳川幕府になって、天下統一が完成し、鎖国をしたことで、領土が増えなくなった。それが、徳川幕府の赤字の根本的な原因です。今でいう行政改革やリストラによって武士の数を若干減らすものの、時代とともに生活は豊かになるし、人口そのものが増加している。人件費を含む行政需要は一貫して増加しつづけるわけです。領地からあがる年貢も、技術革新によって若干は増加するが、ぜんぜん追いつかないわけです。
徳川幕府は封建政権ですから、全国が同じような構造をもった藩に分割されている。どの藩も苦しいわけです。ついには、藩をあげて特産品を開発するなどして商売をはじめます。その敗者は大赤字なわけです。支配者である幕府=武士は貧乏、大小の商人はやたらと豊かという構図までもが、現在とどこか似ています。

「現在の百姓」と言われることもあるサラリーマンが、一方的に搾取されているのも似ていますね。

百姓=農民の貧困は言うまでもありません。ほぼ一方的に搾取されています。でも、幕末近くなってくると、百姓身分でありながら結構「金持ち」がいて、金の力で武士になったりしているのは面白いですね。
一番悲惨なのは、やはり武士です。商品経済に巻き込まれてひたすら貧乏でした。なにしろ「雇用主」の幕府や藩がそれにも増して貧乏なのですから救いがありません。
このあたりは、現在の財政赤字を思わせますが、絶対的に違っているのは、その原因です。江戸幕府の赤字は、ほとんど全てが人件費のせいです。とにかく、江戸幕府は金のかかることを何もしない構造になっているのです。逆に言えば何の責任もない。各藩のことは藩まかせ。地域的理由による貧富の差など幕府の知ったことではありません。人民の生活も同じ、病気になろうが貧しかろうが自己責任です。なんの民政もしない。
公共事業もしません。なにかの公共事業が必要になると、適当に藩を見繕って普請させる。または大商人に許可を与えて請け負わせる。独占させるか使用料の徴収を許すことで、税金を使うどころか儲けることさえあります。
例えば有名な玉川上水などは、玉川兄弟に建設を許可しただけで一円も払っていません。玉川兄弟は、末代まで水道使用料を利用者から徴収する権利を幕府からもらうわけです。
その仕組みは、まさにPFIそのものなのです。

原因はともかく、幕府にも各藩にも莫大な借金がありました。その借金は、明治維新によって幕府が倒れることで、どうなったのでしょうか?

江戸幕府が瓦解して、その巨額の借金はどうなったか?実にいい質問です。財政赤字が巨大化して政府が倒れる際の貴重な先例だからです。
借金はだれも返さなかった。それが結論です。
結局は、幕府に金を貸していた当時の大手金融機関である幕府御用達「廻船問屋」などが借金を回収できずに、倒産しただけでした。
明治政府は、外国に対するもの以外の一切の借金を継承しませんでした。革命政府としての性格上、当然です。
幕府の借金とは、その利害が一体化した商人の貸金そのものなのです。何に使うかによらず利害が一致する商人が幕府に金を貸す。その見返りに便宜や特許を得る。そういう構造なのです。幕府が崩壊するとき、借金が返済されずに運命をともにした商人がいた。ただ、それだけのことなのです。

え!そうなんですか。でも、現代社会ではどうですか?

時代が過ぎた今も、その基本構造は変わりません。
政府と密接に関係を持ち、それゆえ国債を引き受けている金融シンジケートがあります。各金融機関は系列を通じて大企業グループと一体化している。その莫大な貸金が焦げ付くのは絶対に避けなければならない。だからこそ、国全体の問題のように財政赤字=財政再建が財界を中心に声高に叫ばれているにすぎません。
ただ違っているのは、現代国家が国民生活に直結した数多くの事業を行っていること。そして、国民から直接税金を徴収する強力な権限をもっていることなのです。
さらには、少なからずの国債が市中消化すなわち国民個人によって所有されていることも違います。終戦によって戦時国債が「紙くず」になった記憶も国民にまだ残っているなか、「政府の倒産」は単純に国民と無関係とは言えないところもあります。

大前健一氏の最近のコラムによると、国民の国債所有が急増しているそうです。一方で大手銀行の国債保有率は大きく減少しているとも書かれています。
世界に冠たる日本の官僚は、やはり無能ではないと言う事でしょう。国民に国債を所有させることで、政府に「保険」を掛けているということです。
いずれ「平成の徳政令」が出される日がこないことを望みます。

現代日本の難しさはわかりますが、徳川幕府の崩壊時には、その巨額な借金が焦げ付いたことは、国民とは無縁だと言ってしまって良いのでしょうか。

基本的には、幕府が倒れて明治政府になっても、庶民の生活にはなんの影響もなかったと言ってよいでしょう。
もし、政府御用達の「廻船問屋」などが倒産することで、国内経済そのものが崩壊していれば、大混乱が起こったはずだとは想像できます。
江戸時代は、すでに商品経済下に多くの国民が組み入れられていましたので、商品流通がストップしていれば国民生活への影響は甚大だったはずです。
しかし、実際にはそのような混乱は、極めて限られた地域でごく短期間発生しただけでした。
明治維新の際には、新政府軍を幕末から一貫して資金援助していた新興商人達が、その空白を実に速やかに埋めました。三菱・安田・住友など、後に大財閥となる関西出身の商人達です。
ある政府そして運命共同体の企業群が瓦解して「空白」が生じれば、別の企業が「企業の論理」に従い、その「空白」を埋めるのが自由主義経済の大原則なのです。

地域的に違いがありましたか?

新政府軍の根拠地であった西日本は、まず安泰でした。江戸幕府のお膝元で大消費地であった江戸には、新政府軍とともに新たな商人達が進出して、それまでどおり商品を搬入し商売を続けたのです。
混乱が大きかったのは、幕府軍が北上しながら抗戦していっか関係で、東北・北海道地方でしょう。
幕府瓦解により、多くの武士が帰郷しましたが、江戸市民の生活は基本的に従来通りでした。ただ、得意先であった武士達がいなくなったことで、少なくない商人や職人達が江戸を去ったことは事実です。

江戸幕府と同じに、巨額の財政赤字があっても、国民一人ひとりにとっては、それ自体は危機ではないということでしょうか?さらには、財政赤字などが原因で政府が崩壊しても、ごく普通の国民には何の影響もないのだと言っているようにも聞こえますが。

重要なのは、巨額の財政赤字のリスクを負っているのは、納税者としての一人ひとりの国民ではなくて、国債を引き受けている金融機関と国債所有者としての国民であるという点です。
そして、将来万一、国債が償還できなくなったときに困るのは、国債を所有している企業なり個人だけだと言うことなのです。
大手銀行など、その巨額な国債を引き受けている企業は、その貸金が返済されなければ、倒産することは確実です。その利払いが滞っただけでも、壊滅的な打撃を受けるはずです。
しかし、国や大手銀行が倒産したからといって、一人ひとりの国民が直接困るわけではありません。国民は国の連帯保証人ではありません。国債が償還できなくなったからといって、代わって大手銀行に国債を償還する義務などないからです。
ただ、国債を所有している国民が相当数いると話はややこしいですね。貯蓄の多くを国債で所有している国民は、政府の瓦解により生活の基盤を失う可能性があります。当然、現政府の倒産を回避する側、つまり保守勢力を形成するでしょうね。

国債を所有しない国民には、政府の瓦解は何の影響も与えないのでしょうか。

国民は、巨額の借金をして「倒産」した政府など見放して、新たに成立する政府を支持しさえすれば良いのです。借金をしたのは「国」なのであり、甲斐性なしの政府など心配する必要などないのですから。
例えれば、借金ばかりして家庭を省みない甲斐性なしの亭主を放り出すようなものです。離婚して縁を切らなければ、家庭そのものが崩壊してしまうのですから。

つまり国債を大量に購入するのは、亭主の借金の連帯保証人になっているようなものなのですね。(笑)
でも、政府とともに国債を大量に所有している日本の主要産業が崩壊したら、やはり困りませんか?

そうですね。心配なのは、日本経済の根幹とも言うべき大銀行が軒並み倒産することによる、大手企業などの連鎖倒産、そして日本経済の崩壊です。
ご安心ください。明治維新のときにも簡単に触れましたが、この点についても、あまり心配する必要がないことを歴史は証明しています。
優良な日本経済の崩壊を、国際社会は静観など決してしませんし、政権交代による混乱はごく早期に解消されることはほぼ確実です。
現在の政治体制に個人的に深く依存しているような、ごく一部の国民以外にとって、政府の瓦解は、意外なほど無縁なのです。
政府が後退しても、日常生活は続きます。政治とは、実は生活にほとんど何の影響も及ぼさない「細事」にしか過ぎないのです。

その自信は、なにか根拠があるのでしょうか?

歴史を学ぶのではなく、歴史に学ぶ。最近、心がけていることです。
日本では、明治維新そして第二次世界大戦の敗戦の際に、そのようなことが起きました。年配の方や歴史好きな方ならお分かりのように、一時的な混乱はありましたが、ごく普通の国民の生活には、基本的に何の変化もありませんでした。
半世紀前はともかく現在はそうではない、との反論もありそうです。
でも、戦後世界を二分した社会主義国家の世紀末の相次ぐ崩壊は、状況が今も何ら変わっていないことを明らかにしました。
政府どころか国家そのものが政治的・経済的に崩壊し消滅しても、国民であった人々は決して消滅などしません。日々の生活を成り立たせるための最大限の努力を一人ひとりがすることで、生活は一日も欠かす事なく続きます。
まず人がいて、そして国家があるのです。決して逆ではありません。
政府すなわち政治体制とは、政治理論上はともかくとして、現実には国民生活とはほとんど関連していないある種の「虚構の存在」です。それに比して、人々の日々の生活は常に厳然としてそこにある存在なのです。
その点だけから考えても、「国家財政が危機的状況だ。国民たるもの責任を持って赤字を解消する義務がある。」と言わんばかりの財務省の説明が詭弁であることは明らかです。

政府の崩壊に際して、我々はどう対応すればよいでしょう?

全世界が一斉に崩壊しない限り、普遍的価値のある資産を持っていることは重要です。ちなみに、華僑やユダヤ人が信頼する資産は貴金属です。
それさえあれば、日本に新しい政府が誕生し経済が再生するまでの間、どこかの外国に滞在して普通の生活を続けることが出来るのですから。
もちろん、銀行貯金や日本国発行の紙幣、国内の不動産などは問題外です。政府の崩壊と同時になんの価値もなくなってしまうと思ってください。

ずいぶんと極端な意見ですね。(笑)
貯金をおろして、金や宝石を買い込んで身につけることにしましょうか。(笑)
献策十講でも指摘されていましたが、真面目で愚直な一般国民は我がことのように財政赤字を心配しています。そんな風に「目からウロコ」を剥がしてしまうと、税制議論自体の意味がなくなってしまいますね。

まさにそのことに気がついてほしいですね。国は「支配者」で国民は「被支配者」であるという古代以来の基本構造は、21世紀の今でも変わっていないということです。
国とは、国民から「より多くを搾り取る」ことを考える存在なのです。その概念は、歴史的に変化してきました。今日では、税とは、その政府から国民が受ける利益の対価であると理解することが一般的でしょう。
日本国民は、税金とは何なのかとの本質に留意しながら、税制を考える必要があるのです。

ますます税制改革から離れていますね。(笑)そろそろ、税制のあり方に話題を変えたいのですが?

あと少しだけお付き合いください。
いずれ別稿でじっくりとお話ししたいことですが、ここまで語った以上、政府と国民の関係についてこれだけはぜひ言っておきたい!
国民から税金が取れなければ、誰が困るのか? 困るのは、政府の役人・国会の議員・政府に依存している企業なのです。これらが、相互に関係しながら「利益共同体」を作っているのです。
国民から税金が取れなければ、政府は瓦解します。政府が瓦解すれば、大企業も倒産する。もちろん、官僚も議員も失業です。良い国家が、国民の利益を増大させるためのシステムだとすると、国民を搾取することで成立するのが悪い国家だと言えるでしょう。
日本がどちらであるかは、ひとまず置いておきましょう、この際。
国家財政が危機的状況だと、声高に叫ぶ官僚は、どちらの国家にいるのか?
なぜ巨額の財政赤字が生まれたのか?国民一人ひとりが、よく考えてみるべきです。
もし、それが自分の親や祖父母が自分限りの裕福な生活のために、将来のことなど考えずに無責任にした借金であるなら、子孫である我々はその弁済に責任がないとは言えません。
でも、その借金が、企業や議員そして官僚が自ら豊かになるために浪費されたのなら、国民は「債務者」ではなく「被害者」です。たとえ、その政府が国民主権の名の下に存在していたとしても、国民自身が政府の監視を怠った結果であるとしても、国民にその借金を返済する義務などないのです。
つまり、政府と国民は一心同体ではないと言うことです。
政府と国民の目的や利害は必ずしも一致しません。否、むしろ一致しないことが自然なのです。
近代的政治制度では、それを一致させるべく選挙など様々な仕組みを作り上げてきましたが、それは未だ到達することがない崇高の課題のままです。

時に政府は国民に「命」の提供までも求めます。国民一人ひとりの幸福を追求するシステムである政府=国家が、その幸福を全否定する「死」を求める矛盾。
それこそ、政府と国民は別の存在だという最大の証明でしょう。
明治維新によって成立した日本初の西欧型政府はそんな国家でした。その国民の「命」を要求しつづけた国家は、太平洋戦争の敗戦により「消滅」しました。
義務教育の力によって、国民と国家とは一心同体だとの「共同幻想」を抱かせることに成功した希有な明治国家。
今も日本国民は現に存在しているという事実が、その政治原理が「幻想=虚構」であったことの、なによりの証明です。
国民に「命=死」の提供を求めるような国など、国民のだれも欲していないことだけは明らかです。
安倍首相の言う「美しい国」とはなんなのでしょう?
その理念は全く不明確なままです。
安倍首相は、自らの言葉で直接国民に語る努力をしません。その必要さえ感じていないように感じられます。
為政者たるもの、国民に自らが何をしようとしているのかを明らかにすることの責任を知らなければなりません。
そんな当たり前のことが解らなくなっている日本の政治家が心配です。

(暫し沈黙)

次回は、いよいよ税制改革の話です。ご期待ください。

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