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2007/02/06

政策対話編:続・税制改革について

税制改革の2回目です。さっさといきましょう。
前回は、小泉改革がここにきて変化してきたところまで話しました。小泉政権での税制改革は、基本的には新自由主義的考え方で行われてきたように考えられていますが、それが変化しているということでしょうか?

積極的な意味で、変化しているのではありません。むしろ、小泉改革以前の「社会主義的」な税制が復活していると言えるでしょう。
新自由主義では、財政の役割を基本的に小さくすべきと考えます。財政支出は極力小さく、従って税負担も軽くすることが基本になります。
一方で、戦後日本が一貫して志向してきた「社会主義的」福祉国家では、財政政策を重視し、税制でも累進課税などによって社会的不公平の解消や弱者救済を図る傾向が顕著です。その結果として、税負担も全体的に多くなるわけです。
ここ数年の企業減税・個人増税の税制改革の方向は、小泉改革での新自由主義的税制改革が継続されるのと同時に、旧来の「弱者救済」的税制優遇制度のうち、政治的影響力を強く持つ企業に対するものだけが復活した結果と言えるでしょう。

企業と国民個人を区分して考えて、企業=法人に対する弱者救済だけが復活しているということですか?

そうです。法人については、新自由主義的企業優遇と社会主義的企業保護が同時に実施されようとしています。
小泉改革における法人減税では、創業支援・投資減税・事業革新など競争力のある優良企業に対する税制面での優遇が本格的に行われました。一方で、不況時には必ず行われてきた、経営不振の企業に対する救済的な税制面での支援は大幅に縮小され、結果として戦後最大規模の企業倒産が「黙認」され続けました。言い方を変えれば新自由主義的経済政策で「負け組」企業は、計画的に消滅されられてきたわけです。
ところが、ここにきて、最近の景気回復基調に乗り切れない構造不況的な企業に対しての、税制優遇・助成が一斉に復活しつつあります。

その内容はどのようなものでしょうか?

「少子高齢化対策」「フリーター・ニート対策」「再チャレンジ政策」などの形を取りながら、企業に対する雇用助成金などの形での財政支援が強化されつつあります。税制においては、設備廃棄などの税制面での優遇措置の拡大が図られていますが、それは戦後不況期に必ず実施されてきたものです。
なかでも最も注目すべきものは、産業用設備機械全額の償却を認める制度変更でしょう。

具体的にはどのように変更されるのでしょうか?

減価償却期間が短縮され、しかも全額が償却されます。つまり、償却期間が経過すると実際には機械設備が稼働していても固定資産税が課税されなくなるのです。
あまり注目されていませんが、小泉改革以前でさえ行われたことのない、至って重大な制度変更なのです。それは、すべての企業に対する税制面での大規模な企業助成に他なりません。
現在は、企業が新規に設備を購入をしたり更新したりした場合、諸外国に比較して相対的に長い期間で税法上の償却が行われます。しかも、設備を実際に廃棄するまでの間ずっと5%が税法上は残存することとされ、固定資産税の課税対象となります。
今回の改正では、償却期間を短縮しただけでなく、全額が償却するように変更されました。

それが、どのように企業の減税となるのですか?

償却期間を短縮すると、1年あたりに企業が「経費」として売上げから控除する金額が増えます。それは、企業の新規設備投資や更新を促進する効果があり、基本的には小泉改革と同じ方向性を持つ「競争力のある企業をより強く」するものです。売上げから、より多くを経費として除くことができるわけですから、「勝ち組」企業にとっての法人税等の減税効果が生まれます。

一方、現在5%が残存する設備を全額を償却できるようにすると、「負け組」企業を保護する効果が生まれます。
企業が負担する税金は、利益に対するものとストックに対するものに大きくは区分されます。「負け組」企業は、赤字企業ですのでストックのみに課税されているといえるでしょう。
その最大のものが、固定資産税なのです。固定資産税は、企業の土地や建物のほか、設備にも課税されます。設備の全額償却を認めると、ほぼ全ての企業にとって減税となりますが、構造不況業種の大半を占める産業機械を多く必要とする製造業系企業にとって、より多くの減税効果を生み出すことになるわけです。

固定資産税が少なくなることで、どうなるのでしょう?

時代の変化に取り残された製造業の一企業を例にとりましょう。
外国との競争に敗れて売上げが低迷しているような企業にとって、新たな設備投資をすることはもちろん、旧式化した設備を廃棄することすら難しいことは少なくありません。
それでも、必要不可欠の経費、すなわち、従業員の給料や原材料の購入費・設備の維持費などを賄うだけの売上げがあれば、当面の倒産は回避できます。その大きな負担の一つが税金です。いわゆる赤字企業であれば法人税は非課税ですが、利益を生まなくなった老朽化した機械でも、廃棄しない限りは固定資産税は課税されるわけです。産業用設備・工作機械などは想像以上に高額なものです。わずか5%残存価格に対するものとはいえ、その固定資産税は想像以上に大きな金額です。それが全くなくなるわけですから、日々の運転資金にさえ苦労する「負け組」企業にとっての効果が絶大でしょう。
その結果、税負担ゆえに倒産をしたはずの中小零細企業が存続するケースが大幅に増加することになるのです。

経営不振の企業を助成することが悪いのでしょうか?

ここが解りにくいところですが、「負け組」企業は「市場から退出する」ことこそが、新自由主義的経済学では肝心とされるのです。一般の国民感情にも一致しないこともあって、この点については小泉改革進行時にも竹中大臣が意図的に説明を回避していたように思います。
新自由主義経済学では、公平な競争を通じて「勝ち組」を生み出すことで経済全体を豊かにするとします。それは、「負け組」を速やかに消滅させることと表裏一体なのです。
「負け組」企業が消滅することで、その資源や資金を「勝ち組」企業は格安で手に入れ「再利用」することができるのです。
競争力が低下した「負け組」企業が内部に抱え込んでいる貴重な資源を、より効率よく稼働させることが出来る「勝ち組」企業に転移させることで、経済全体が活性化するわけです。
具体的には、「負け組」企業が倒産することで、土地や事務所そして人が市場に放出されます。それを活力があり新規事業を積極的に展開している「勝ち組」企業が吸収していくわけです。遊休化していた工場が、国際競争力がある新たな工場としてフル稼働し、リストラされた社員は職業能力を身につけ直して、新興企業に今までに比して低賃金で再雇用されることが想定されているのです。

なるほど、「勝ち組」を増やす一方で「負け組」を救済すると、限りある「資源」の再利用が成立しないわけですね。

安部政権の「再チャレンジ政策」は、その意味でぎりぎりセーフですが、格差解消の為の「弱者救済」は新自由主義的発想とは矛盾していますね。

失業を防止するとか企業倒産を回避するとかの税制や施策を行うと、伸びゆく産業が必要とする人材を含む資源が絶対的に不足してしまうわけです。
資源が不足すれば価格が上昇するのは経済学の基本です。価格の上昇は、競争力を低下させ事業拡大を阻害します。その影響は、総量が一定の土地や、供給にタイムラグがあるオフィス床などに典型的に現れます。新規企業が業務を拡張すれば、当然に土地やオフィスが手狭になり需要が拡大します。一方でリストラなどで遊休化した工場や社屋を有する赤字企業は倒産しないので、それらが市場に出回らないわけです。限られた土地と建物に需要が集中し、価格は高騰してしまいます。
新自由主義的経済政策が一貫して行われていれば、土地価格やオフィス賃料が高騰することはないでしょうが、現在のような中途半端な政策運営では再びプチバブル的な価格上昇が生じることが不可避でしょう。
すでに都内の土地価格などが上昇傾向ですが、新自由主義的経済政策のもう一つの側面である規制緩和も後退している印象があります。規制緩和が徹底していれば、土地高度利用などの民間の工夫によって供給総量が増加し、価格上昇は回避されるはずですので、この面でも政策の後退があるようです。

固定資産税は市町村税ですが、この点はどうでしょう。

地方自治・地方分権といいながら、地方税の基本が国の法律によって詳細に決定されていることは、今後の重要な検討課題です。
今回の改正案で明らかなように、国と市町村の利害は相反するわけですが、市町村がその決定に関与することは現行制度では不可能です。
そもそも、固定資産税を市町村の中心的税目としたのは戦後のシャープ勧告に基づくものですが、その理由は固定資産への課税が非常に安定したものであり、直接多くの公共サービスを安定的に供給する責務のある市町村の財源として相応しいとされたからです。
国の政策誘導・特に税制面での措置が、国税ではなく地方税で行われることは疑問ですね。国税は国が、地方税は県・市町村が、政策全体の位置づけを踏まえて独自に課税内容や控除制度を自らの責任で決定するようにしなければいけません。

企業に対して新自由主義的優遇が継続される一方で、従来の弱者保護的税制が復活しているとの指摘ですが、「負け組」の国民個人への税制優遇は復活しないのでしょうか?

累進課税の緩和を筆頭に、課税最低限、住宅取得控除、配偶者控除、老年控除、障害者控除など、小泉政権の税制改革により弱者保護税制は大幅に縮小され、国民個人への課税は著しく平準化されました。この変更は、金持ち優遇以外のなにものでもない相続税の縮小や投資減税などに特徴づけられる新自由主義的改正に他なりません。

その反面で、新自由主義的税制の本質である、租税全体の減税はほとんど行われませんでしたが、それは財務省が主張する財政再建路線との兼ね合いによるものです。本来の新自由主義的な税制改革であれば、すべての人に対して額の大小はあっても必ず減税が行われます。もちろん、高額所得者にはより大きな減税、低額所得者はもともと税負担が小さいので、それなりの減税となるわけですが。
安倍政権による揺り戻しにおいて、国民個人特に経済的弱者への優遇税制が全く復活していないのは事実です。その最大の理由は何といっても健全野党の不在にあるでしょう。

それは最大野党の民主党が労働者の利益を代表していないという意味ですか?

いろいろと問題の多かった55体制でしたが、「企業利益を代表する自由民主党」と「労働者利益を代表する社会党」という対立軸が存在した意味は大きかったのだと思います。与党としても、選挙という「労働者の審判」がある以上、労働者の利益を代表する野党の意見を無視することは困難だったと言うことです。
高度成長期にあって、終身雇用制の正社員が「労働者」の一般的で圧倒的であった当時、労働組合を通じて社会党に集約されてくる要望を、自由民主党が政治的妥協を演出しながら自らの政策に取り込むことは日常でした。それ以上に、国の各省庁が予算編成過程の段階で、巧みに労働者の要望を政策内に取り込んでいたこともあります。税制については、大蔵省が労働者、特に低所得者を中心とする税制優遇制度を充実してきたと言えるでしょう。
そのようにして、野党が代表する労働者の利益を、与党・行政が内部に取り込んでしまうことで、与野党の対決は決定的なものとはならず、政権交代が起こらないという世界的にも不思議な状況が半世紀近く続くことになったわけです。

それは、日本独特の現象といって良いでしょうか?

英米が特に典型的ですが、企業=使用者と労働者が、それぞれの利益を代表する政党を持つのことが一般的です。

イギリスの保守党・アメリカの共和党が使用者、同じく労働党と民主党が労働者の利益を主に代表するわけです。

相反する利害を、それぞれの別の政党が代表するのが世界的には普通ですし、そもそも政党というものが、本質的に利害集団ですので、相反する利害を取り込むことは通常はありません。日本においても政党はそうでしたが、官僚が政党間の利害を調整するということは、どの政治学の教科書にもない特異な現象でしょうね。
代議制議会がある以上、選挙で政策を争い、政権交代によって政策を選択するのが「王道」です。そのようにして政策の誤りなどを軌道修正していくわけです。

現在は民主党が野党第一党なわけですが?

日本の55体制では、官僚達が労使の利害調整を行っていたわけですが、圧倒的多数の標準的な労働者の利益は社会党が代表していました。
現在の民主党は、ある意味では社会党が衣替えしたものなのですが、その政策は与党のそれに近いものになっています。与野党対立の中心は、使用者と労働者の対立という側面は少なくイデオロギー的対立も小さなものです。自由民主党との違いは、目指す国家像や方法論の違いのみと言っても良いでしょう。

民主党の唯一絶対の支持基盤は労働組合ではなく、労働組合も民主党を全面的に支持支援しているとはいえません。

それは労働者の利益を代表する政党がないということですか?

そうです。「労働者」と言う言葉で総括される利益団体を代表する政党はありません。むしろ従来の「労働者」という集団自体が消滅したといったほうが正確でしょう。
「年功序列終身雇用の企業に勤め、妻は専業主婦で子供は二人」という高度成長期の典型的な労働者は、今や少数派に過ぎません。社会党が代表した労働者の利益とは、そのような数多い典型的な労働者の利益でした。企業の大小はあっても、労働者の利益は概ね共通で、扶養者控除・住宅取得控除の充実、課税最低限の引き上げや累進税制によって利益を受ける人々が「労働者」だったのです。
バブル景気意向の経済環境の変化は、終身雇用を崩壊させ就業形態を多様化しました。労働者の所得格差・資産格差も拡大しています。
「勝ち組」労働者にとって、累進税制の緩和や投資減税は利益が大きく、従来の「労働者」や「負け組」労働者とは明らかに利害が対立するようになっているのです。さらには、未婚や子供のいない世帯も多くなって、扶養控除などにメリットを感じない労働者も急増しています。
そのように労働者が多様化し、相互に対立する場合さえあることから、いわゆる「労働者共通の利益」が集約不能となっています。政党から見れば、労働者が「魅力的な支持母体」でなくなってしまったともいえるでしょう。

労働組合の組織率も低下しつづけていますね。

その背景も同じですね。もともと日本の労働組合は戦後GHQの指導のもとに設立されたものが大半ですが、戦時中に組織されたある種の翼賛組織である社員会などが母体になったこともあって、企業別組合であることに特徴があります。
組合員も正社員が中心でしたから、年功序列・終身雇用制度が崩壊し、正社員が減少することで組合員数が減少し、組織そのものが弱体化しまいました。
従来の労働組合が重視したのが正社員の待遇改善であったこともあり、増加したパート労働者や契約社員・派遣社員などのニーズをうまく取り込めなかったこともあって、組合数・組織率とも低下しつづけています。この傾向は、同じく新自由主義的経済改革が行われた英米でも同じです。
税制改正が、法律改正の形で労使の利害を調整しつつ議会で決定されていく仕組みである以上、組織的に政治力を行使できる使用者=企業が有利なわけですね。

税制や政策に対する国民の不満は確実に増加している実感がありますが、なにか持って行き場がないイライラ感がありますね。

労働者全体の不満は確実に増大しているのですが、労働者毎に利害が異なる。さらには利害が対立しているわけです。
夫婦が共稼ぎか専業主婦かでも利害が異なる。子供がいるかどうかでも異なる。更には基本的な収入の大小によっても利害が一致しない。
例えば累進税制の強化は、年俸制で働くような「勝ち組」労働者は増税となるので反対、フリーターや契約社員などは賛成なわけです。配偶者控除は、専業主婦世帯は賛成ですが、共稼ぎや単身世帯は反対です。
利益が分散化する結果、どの集団も小さくなってしまい、しかも地域的にも分散化しているために、選挙区毎に当選者を決定していく選挙制度のもとでは、労働者の利益が集約できないわけです。では、比例区はどうかというと、全ての利益一元的に代表する政党自体がないため、投票が分散してしまうわけです。福祉政策は公明党・年金改革は共産党・雇用対策は自由民主党など、労働者の置かれた立場によって最良の政策が別の政党に代表されてしまうのです。
一方で、企業は業種や規模によって利害に多少の違いはあるものの、基本的には経営者団体によって総花的に利益を集約することができます。結果として「すべての企業に利益を、その負担は労働者が」という誠に都合のよい意見を、豊富な資金を背景に自由民主党=与党を通じてゴリ押しすることが可能な訳です。

まだまだ理想の税制まで話しは到達しませんが、随分と長くなってしまいましたね。続き次回ということでしょうか?

本当に長くなってしまいました。早く話しを進めたいのですが、この際一言触れておきたいことも思ったより多いものですね。
読者の皆様! もうしばらくおつきあいください。

「長ーい目でみてやってください。」(小松政夫風に)(笑)

と言う訳で、次回3回目を御期待ください。

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