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2007/07/28

07参院選:隠された争点「憲法改正」

年金記録問題がここまで大きくなるまで、安倍首相は憲法改正を参議院選挙の最大の争点とする考えだったようだ。
すなわち「戦後レジュームからの脱却」の象徴として「現行憲法の廃棄=自主憲法の制定」を前面に打ち出すことで、自由民主党結党以来の悲願の達成を願う「中道」から「右寄り」の国民の結集を図る戦略だったのだろう。

確かに自主憲法の制定を目標とする自由民主党が長期政権を継続するうちに、現行憲法の多くの条文は空文化し、今や自衛隊を合憲とする国民は半数を上回るとの調査さえある。

そのような国民総保守化の状況のなかで、あえて改憲を前面に押し出すことは、最大野党の民主党内部が「護憲」で一致できないことを考えると、選挙戦略としてなかなか秀逸なものと言うこともできる。

その戦略には前提がある。
まず内閣支持率が高いこと。
すなわち、安倍首相なら日本の閉塞状況を打破してくれるとの、小泉内閣初期の期待と同様の期待が高いことである。
改憲はその象徴であればよく、内容は選挙に大勝してからで良い、
そういう事である。

ところが、閣僚の相次ぐ不祥事と煮え切らない首相の態度、そして年金記録問題が原因で内閣支持率が急落した。
そうなると、そのような首相に国の一大事である改憲を白紙委任する国民などいるはずも無い。
従って憲法改正は選挙の争点からは消滅した。

しかし、改憲は今だ自由民主党の公約である。
ひとたび選挙に勝利すれば、たちまち憲法改正が国民に承認されたと称して、一気に与党の独走による憲法改正が行われることが危惧される。

憲法は、国の基本であり、他の公約と一括で「一政党」の意向ましてや「一政権」が改正を図るべき性質のものではない。
憲法を改正する必要があるのかを問う為には、まず現在の国政にいかなる重大な問題があるのか、その原因が憲法自身にあるのか、憲法の解釈運用にあるのか、もしくは憲法をないがしろにする現実の政治に問題があるのかを、民主的に討議し結論を出さなければならないのである。
そこで憲法を改正するのが適当であり、かつ憲法を改正する以外に方法がない場合こそ、憲法改正が国会で発議されるべきなのである。

日本の直面する問題とはなにか?
教育の荒廃。
それは憲法の条文の問題なのか? あるいは憲法の定める教育を実現していない政治の問題なのか?
戦争の放棄と軍備の不所有。
現実に半世紀以上続いている平和は憲法の条文が理由なのか?あるいは文理解釈上現行憲法と相容れない自衛隊の存在があったからなのか?
道徳の退廃。
権利を重んじ義務を軽んじた憲法の条文が問題なのか?では憲法に詳細に規程することで国民の道徳は向上するのか?ましてや憲法とはそのような目的で定められるものなのか。

どれをとっても一つ一つを丁寧に公平に幅広く民主的に議論し結論を出すべきものばかりである。
決して包括的に時の一政権・一内閣に白紙委任などすべきものではない。

安倍政権の憲法改正論議は幼稚で素朴ですらある。
この国のなにが問題であり、それをどうするべきであるかの明確なビジョン=提案が、まずなければならない。
憲法の条文を変えることで、現状が変わるわけではない。
どう変えるべきかの明確な国民的コンセンサスが先にあって、それが憲法の条文となるのである。

憲法は絶対王政時代の「国王の御触れ」ではないのである。
言い換えれば、民主国家における憲法とは、国が国民に命令するものではない。
主権者である国民が自らの共通の意志を将来に向け明文化し、国会・行政・司法のあり方を規定し、国民そして時の権力者の恣意的な権限行使を抑制するものである。

もし、憲法を改正したい、あるいは改正の必要があると時の権力者が考えるのであれば、まず行うべきことはなにか。
現行憲法下における具体的な問題点=課題を明示したうえで、広くそれを調査審議するための会議を設置することである。
有識者を中心に多様な利害関係を持つ国民各層を幅広く包含する委員が、客観的データと専門的知識により、その原因を探求することから始めなくてはならない。

その過程を通じて国民のコンセンサスが形成され、個々の問題の解決策が合意されるのである。
その結果として、憲法の特定の条文に原因があるなら、合意されたコンセンサスを法の専門家が新たな条文にして憲法の該当条文が改正されれば良いのである。

そのような民主国家における憲法の基本的意味され理解できない者に、憲法改正など行わせることはできない。(そう思うでしょ?)

近代国家としての日本は、これまで2つの憲法を持った。
一つは明治維新後相当期間の後に制定された大日本帝国憲法。
もう一つは、敗戦による占領下でその憲法を全面改正する形で制定された日本国憲法、すなわち現行憲法である。

この2つの全く異なる憲法には、意外にも共通する2つの特徴がある。

一つは、その短くない期間中に一回も部分改正すらされなかったこと。
それは憲法改正がいかに困難であるかということ、そして日本人は憲法条文の不備すら解釈でなんとかしてしまうと言う良く言えば「柔軟性」、悪く言えば「いい加減さ」があることを示している。

もう一つのより重要な共通点は、いずれもが広く国民的議論により誕生しなかったことである。

大日本帝国憲法は義務教育で習うとおり欽定憲法すなわち天皇が国民に相談などせず一方的に定めた憲法である。実際には、本来は憲法をも審議するべき帝国議会開設に先立って明治政府の要人が諸外国の憲法を調査して、その当時の平均水準の憲法をつくって、さっさと制定してしまったものである。
憲法制定は当時の状況下にあっても重要な政治課題であり、在野の政党や国民が多くの私案を作成して公表するなど、国民的議論の土壌はあった。
しかし、明治維新を成功させた明治政府は強権的一方的に憲法を定めて、以後一切憲法を議論する機会はなかったのである。これはその後の近代日本の民主主義の発展に決定的なダメージを与えた最初で最大の出来事だったと思う。
しかし、その皮肉な結果として、明治憲法は政党の党利党略に巻き込まれる事なく、一貫性のある体系化された構造を持つことができた。その条文相互は良く整合していて、様々な主張に妥協した形跡はない。

日本国憲法の制定は、さらに皮肉である。
太平洋戦争に敗戦し、その軍国主義的国家体制を解体し民主国家を構築するため、新憲法は必要とされた。
それにも関わらず明治憲法下に育った日本国民にもはや、それを抜本的に再構築する知識階層は不在であった。占領下、日本の学者・政治家・官僚が作成した憲法改正案が現存している。それは明治憲法を字句修正した程度の幼稚なものでしかない。
明治国家の教育システムが鋳型どおりの人材を育て、その人材が政府行政の中核占めることで、日本人は自由な発想ができなくなったと言わざるを得ない。
結果として、日本の民主化と国家構造の抜本的変革を意図した現行憲法は、GHQが英文で作成した原案に沿って日本人の手によって定められることになったのである。
占領下の特殊な状況化で現行憲法は誕生した。原案は限られた者のみが密室で作成した。そこには、やはり幅広い国民の議論が入る余地はなかった。
結果として、現行憲法も綺麗に整合した体系を持つ20世紀に制定された憲法のうちでも最も先端的な内容のものとなった。
憲法改正は国会で審議されたが、対案が提出されることもなく、大きな字句修正すらされることなく、実質的な議論がないまま政府案が承認され、公布された。それは歴史的事実である。

それをもって「占領下でアメリカに押し付けられた憲法」とか「日本人自らの手による自主憲法が必要」と主張するのは自由である。
しかし、当初政府当局者が作成した明治憲法そのままの天皇主権を肯定する改正憲法案が、より望ましいものであったとは到底思えない。

その制定経緯から現行憲法を全否定して明治憲法を基本に新憲法を論じるべきとの主張がある。
愚かなことである。
明治憲法による戦前の日本を理想化する主張がある。
愚かなことである。

明治憲法を生み出し、明治憲法が育てた大日本帝国は、多くの国民の命を犠牲にして消滅した愚かな国家システムだからである。

現行憲法によって出発した戦後日本が、ここまで繁栄し平和を維持した事実がある。
もし現在の日本社会に問題があり、その解決の手段として憲法の改正が必要であるなら、出発点は今でなければならない。
その解決方策は未来に実現すべき理想像にこそ求められなければならない。

憲法は未来の理想像の法による具体化なのである。

その準備がないまま憲法改正を語ることは愚かである以上に無責任である。

国家の将来像、理想像を示さず、ただ憲法改正のみを公約にする愚かな政党に投票するわけにはいかない。

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