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2009/01/21

日本が危ない:歴史で学ぶ「日雇派遣」問題の本質 3

労働者供給事業の不思議
 職業安定法第45条に「労働組合等が、労働大臣の許可を受けた場合は、無料の労働者供給事業を行うことができる」という不思議な規定がある。前条で労働者供給事業が全面的に禁止されているが、その唯一の例外を認めた条文である。戦後の労働環境改革の主眼は、間接雇用の禁止による直接雇用への一元化であったわけだが、なぜこのような例外規定が設けられたのか。
 ここには、理想や建前ではどうにもならない日本の必要悪としての伝統的雇用慣行があった。この規定の適用が想定されたのは、主として港湾・鉄道荷役と土木建設作業である。曲がりなりにも欧米諸国を模範として近代日本に定着した工場労働やオフィス労働には、実態はともかくとして間接雇用が不可欠であるとの「言い訳」は難しい。ところが、労働時間が不定期で天候などにも影響されて仕事量の変動が大きい労務作業については、いわゆる日雇労働者がどうしても必要であった。日雇労働者を商船会社や建設会社が直接雇用することは、素人が考えてもいかにも困難である。
 米軍の指令により間接雇用は廃止しなければならない、しかし直接雇用が難しい労役作業は現に存在し、しかもそれは戦後日本にとって不可欠な港湾作業や建設作業である。いかにも日本の秀才官僚が考えつきそうな「解決策」が職業安定法第45条である。
 この条文の目的とすることは、戦後合法化され民主化の一環として設立が奨励された労働組合が、新たに労働者供給事業を開始することを促進することではない。戦前から「組」により担われてきた港湾荷役・鉄道荷役・土木工事・建設工事などへの労働者の提供を「合法化」することを目的としているのである。
 その仕組みはこうである。従来「組」が労働組合として届け出るのである。労働者の自発的に結成する労働組合には、戦後に制定された労働組合法によって雇用者はもちろん行政も組織や運営につき関与できない。その理由は労働組合運動への不当な干渉を排除することにあったが、それを逆手にとるわけである。実質的な組の幹部を含め労働者を支配する側の者をも「労働者」としてしまうことで、「組」全体を「労働組合」とする。そうすることで、従来の支配関係も指揮命令系統もそっくり温存されたまま、合法的に港湾荷役などに労働者を従来どおりに派遣できるというわけである。
 この例外的労働形態として残存した日雇労働者のために、行政が用意したのが先に説明した日雇雇用保険(日雇労働求職者給付金)である。
日雇労働者には、いくつかの特徴がある。まず日々別の雇用主に雇用されるのが一般的である。就業場所が一定しない。雇用主においては労働者を特定する必要がない。などである。
 その結果、日雇雇用保険は、例外的に労働者が「個人」で加入する形となっている。すなわち、1日雇用されるたびに、雇用主が購入した印紙の交付を受けて保険料を納付するのである。その印紙を手帳に貼付しておくことで、いざ仕事がない時には日当がハローワークから支給される。
 通常の雇用保険(失業保険)は継続する雇用関係があることを前提として、保険料は労使が折半し、雇用者が一括して国に納付する。失業給付を受けるに際しても解雇等をした雇用主が離職票などを発行するなど、むしろ事業所単位に運営されている感があるのと対照的である。
 労働者供給事業を合法化したこの条文は一度も改正されることはなく、今も日雇労働者の雇用形態を合法化する根拠となっている。この戦後改革ですらアンタッチャブルであった分野に、新たな雇用形態として、労働者派遣法により合法化されたのが日雇派遣であると考えると分かり易い。
 したがって、日雇派遣労働者は、正規雇用者・非正規労働者はもちろん、通常の日雇労働者とも法的・行政制度的には異質な存在なのである。

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