カテゴリー「BraveBook」の記事

2012/09/01

BraveBook:かわぐちかいじ「ジパング 23」

瀕死の重傷の菊池三佐を助ける為に「みらい」は南太平洋の帝国海軍本拠地のパラオに急行。 菊池三佐は九死に一生を得る。
その一方で「みらい」は帝国海軍に「押収」され、全乗組員は孤島に監禁。
草加少佐の思惑どおりに事態は進展し、原爆は完成。
大きな木箱に梱包され貨物船に積み込まれる原爆。行き先はパラオ。
積み荷を見守る石原と倉田。すっかり老け込んだ倉田博士が印象的なラストの一冊。

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2012/08/25

BraveBook:かわぐちかいじ「ジパング 22」

南太平洋の最前線、ベチオ島。 要塞化された島から、計画的に撤退する日本軍。史実では激しい戦闘により守備隊は玉砕(全滅)するはずか、草加の描いたシナリオに従い日本は防衛戦を縮小していきます。 作戦支援のため、島に上陸する菊地三佐と角松二佐の舞台は、米軍の威力偵察隊に遭遇。 不慮の事態のなか、菊地三佐は負傷。 以前に描かれたリアルな戦闘場面もないなかで、不思議な緊張感を持って物語が展開する一冊です。

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2012/08/18

BraveBook:かわぐちかいじ「ジパング 21」

角松二佐の乗艦する伊号潜水艦と駆逐艦「島風」との息のつまるような戦闘。
往年の戦争映画での定番の戦闘シーンです。
次々投下される爆雷、限界深度まで潜航して息を潜める潜水艦。
急速浮上による艦尾の舵破壊。意外な結末でした。
マリアナ決戦に向けて、着々と準備を進める日米両軍。
そして、嵐の中「みらい」に帰着する角松二佐。
物語は新たな展開にむけた、壮大な序曲とも言える一冊です。

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2012/08/11

BraveBook:かわぐちかいじ「ジパング 20」

南京の貨物船で、帝国陸軍により世界初となる原子爆弾が製造され、それを阻止すべく「みらい」艦長の梅津一佐が倉田博士を船内に監禁。 何ともドラマチックな展開で、ジパングは読者を飽きさせません。 帝国陸軍・帝国海軍が複雑に交錯し、梅津一佐は狙撃により死亡。「みらい」にも静かな動揺が広がります。 滝田参謀は「みらい」資料室で「戦後の日本」を知ることになり、クーデターにより「みらい」を追われた角松二佐は伊号潜水艦で南太平洋パラオに停泊中の「みらい」を目指します。

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2012/08/04

BraveBook:リチャード・ドーキンス「延長された表現型」

ここ数ヶ月、いろいろと忙しくてブログの更新ができないままでした。
今週はようやく夏休み!
もう一度読んでおきたいと思っていた本を読みはじめています。
半日も読書をしていて、つくづく分かったのは「歳をとる」ことの意味です。
まず、「小さな文字が読みにくい。」もちろん老眼です。それ以上に「根気が続かない」、これは意外だったのですが、体力が足りないとかではなく、単純に読書に集中できない自分に気がつきました。
以前なら、日がな一日、読書を続けられたものが、何か邪魔が入る訳でもないのに、神経が集中できないと言うか、違うことが気になったり(例えば喉が渇いたな、とか、音楽を聴こうかな、とか、今日は暑いな、とか)して、少しも読書が捗りません。
「少年老い易く、学なり難し」とは、そう言うことなのかと、今更ながら納得です。

さて、まず挑戦したのが「延長された表現型」
遺伝生物学の新たな境地を、若くしてたった一冊の本「利己的な遺伝子」で切り開いたイギリスの生物学者、リチャード・ドーキンス博士の2冊目の著書です。
初めて読んだのが95年!何と17年ぶりに読みました。
最初読んだ時には、とてもとても難しかったことしか記憶にありませんでしたが、改めて読んでみた感想は「やっぱり難しい」(笑)
その理由は、この本が「利己的な遺伝子」が学会に大きな衝撃を与えて、反論・追従・模倣・誤解が蔓延したことに対する、本人からの「回答書」が大きな目的で書かれているためです。全14章のうち10章が反論と補足説明にあてられ、タイトルの「延長された表現型」という新たなアイディアは最後の4章に概要が述べられているのです。そのため、本書の大半が極東の島国の素人には、縁のない学者の名前と学説が引用されていて、重要とわかっていても、なかなか興味が持続できないのでした。
肝心の「延長された表現型」とは、ドーキンス理論の根幹の一つである、生物とは遺伝子が基本で、体(生物)は「表現型」であるとの基本テーゼを拡張するものです。すなわち、遺伝子が体を通じて、他の生物や外界(環境)に働きかけた結果(効果)も表現型であるとの主張なのです。
その発想は、ドーキンスの天才を改めて感じさせるものの、ドーキンスが攻撃してやまない群淘汰や集団進化論などとの境界を、一見すると曖昧化してしまうように誤解された危険な拡張でもあったのです。その後の著書では、拡張により慎重になっていることが、その証拠でしょう。
アマゾンで検索してみると廃刊となっているようですが、お近くの図書館なら蔵書しているかもしれません。


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2012/05/26

BraveBook:かわぐちかいじ「ジパング 17」

角松二佐退艦後、菊地三佐指揮のもと、連合艦隊と行動を共にする「みらい」
作戦は、インド洋に進出し英海軍基地を制圧すること。
現実の歴史では、たいした戦果をあげることもなかったインド洋作戦が実施されます。
スリランカ、インドへと展開する連合艦隊から艦載機による攻撃隊が出撃。
「みらい」は強力な電子戦用機器による支援任務を実施。

17巻目にして、ついに丸ごと1巻、戦闘シーンです。
「みらい」のシーンこそ少ないですが「ジパング」の本質的魅力満載の1冊です。


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2011/06/26

BraveBook:かわぐちかいじ「ジパング 14」

米軍機の猛攻にさらされる「みらい」
「みらい」への被弾を防ぐため「海鳥」の機首を真下に向ける佐竹一尉
死を覚悟した「特攻」
一方、操縦不能になり「みらい」に向け真っすぐに墜落していくB−17
搭乗員の命を救うため、必死に操縦桿を引き上げ、衝突を回避するハットン中佐
同じ「死」でも、その意味するところは全く違います。

巻頭いきなりのクライマックス
日米の違い、特に国と国民の関係の違いは、作者かわぐちかいじ氏の関心の一つなのでしょう。
戦闘機や特殊艇による「国民の死」を前提とした「国家のための死」、「特攻」
それを「是」とし、「美談」とした大日本帝国とその国民
その思想を根本的に理解できなかったであろうアメリカ合衆国とその国民
太平洋戦争では、その「相互理解不能」が生み出した悲劇がいくつもあります。
そんな思想の違いを端的に描き出した名場面から、この巻は始ります。

日米終戦に向けたワシントンの思惑、「みらい」の運用を巡る艦幹部の思惑、南京での原爆製造の準備と、物語は足早に展開していきます。

巻末に阪神大震災での海上自衛隊の活動を描く外伝が掲載されています。
角松一尉と梅津阪神基地隊副長との出会い、二人の考え方の違いが上手く描かれています。
今回の東日本大震災では、海上自衛隊の活動はあまり目立ちませんでしたが、それが阪神大震災以降に陸上・海上両自衛隊の連携と一体運用が日常化した結果だと信じたいと思います。


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2011/06/18

BraveBook:かわぐちかいじ「ジパング 13」

史上初の原子爆弾を作るための濃縮ウランは、A-26で空路無着陸で草加により満州へ、現役復帰した石原莞爾により鉄路、南京への運ばれます。
原爆完成まで、あと半年。

後半では、久しぶりに「みらい」と米軍との戦闘シーンが。
東部ニューギニアからの日本軍の撤退。
太平洋戦争の「新たなシナリオ」が、それぞれの思惑が交錯しながら展開していきます。

「みらい」幹部の角松二佐と菊地三佐の考える「将来像」の違いも明確になってきて、物語に今後の展開に期待が膨らむ一冊です。


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2011/06/12

BraveBook:「誰も寝てはならぬ 15」

東京・赤坂見附あたりのデザイン事務所

いい年をした、バツイチのゴローちゃんとハルキちゃん
バイト感覚のネネちゃんと巴ちゃん
微妙に個性的な商売仲間やご近所さん

「誰も寝てはならぬ」はサライネス史上最長記録更新中です。

この良さは読んでみなけらば解らない
解らない人には、読んでみても解らない(に違いない)
解る人だけ解れば良い。
その潔さが連載の秘訣でしょう。

久しぶりに骨折・入院という「大事件」が発生した14巻も好評発売中です。

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2011/06/05

BraveBook:かわぐちかいじ「ジパング 12」

ヨーロッパから物語の舞台は再びアジアに。
連合艦隊の、南太平洋本拠地トラック諸島からパラオへの撤収。
後に物語で重要な役割を担うことになる、物理学者・倉田万作の登場。
ロシアの保護の元で、原爆開発のための研究を続ける科学者との接触と濃縮ウランの入手。
物語は、草加の構想する「日本による世界最初の原爆開発」に向けて、いそがしく展開していきます。

多数の軍属(民間人)が乗船する客船(民間船)への米潜水艦による容赦ない攻撃。実際の太平洋戦争後半に、無数に展開された一方的な虐殺の悲劇。
日本軍伝統とも言える兵站軽視の軍運用にあって、一艘の軍艦の護衛もなく人員や物資を輸送していた民間徴用による商船群は、制空権・制海権を日本軍が失うにつれて、無抵抗のまま一方的に撃沈される運命にありました。
多数の人々が国のため、あるいは無為に死んでいくなかで、戦後日本の価値観のなかで育成された海上自衛隊「みらい」の、民間人の懸命の救助活動は「異質」で「奇異」なものに映ります。

沈没する長安丸の乗客の救助に全力をあげる「みらい」の乗員達。その活躍が、東日本大震災での自衛隊に重なりました。
そして、現場の惨状にあまりに無関心・無頓着な高級将校や参謀本部に、東電幹部と管内閣・国会議員・高級官僚が重なるのは、あまりに悲しい現状なのです。

「人命軽視」の戦前日本の悪しき価値観は、敗戦によって本当に「消滅」できたのか。

「平和」と「人命」と「人権」を尊重し愛する戦後日本は、実は「幻」ではないのか。

福島原発事故に取り組む作業員への処遇や恣意的な安全基準緩和を見るとき、そんな疑念が浮かんでくるのです。

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